
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第14章 夢を売る男
随明寺の名物といわれる桜餅は、この茶店でしか売っていない。老婆が一人だけで作っているため、花見時分の人出の多い時季には、店の前に行列ができるほどの人気だ。が、昼前には早くも売り切れご免となることも多い。
その人通りのない小道を少し歩くと、一見小料理屋に見える小さな店が何軒か隣り合って並んでいる。ここは男女がひそかに逢瀬を重ねる連れ込み宿―出合茶屋である。この付近は、出合茶屋がある他、人家などはなく、昼間でもひっそりと静まり返っている。いかにも淫猥な秘密めいた雰囲気が漂っていた。
今は花の時期も終わり、広大な境内地は閑散としている。従って、門前の茶店にも泉水とおつやの他に客は見当たらない。泉水は店先の毛氈を敷いた長椅子の一つに腰を下ろす。おつやがその隣にちょこんと腰掛けた。
奥から出てきた老婆に桜餅と桜団子を注文する。ほどなく老婆が黒い丸盆に湯飲みを二つ、小さな皿に団子と桜餅を載せて運んできた。
「どうぞ、召し上がれ」
勧めても、おつやは手を付けようとしない。泉水は自分から先に桜餅を一つ取り上げ、ひと口頬張った。
「ここの桜餅は美味しいのよ。食べてごらんなさい」
それでもなお、おつやは手を付けない。泉水は構わず、食べ続けた。と、半分ほど食べ終えた頃、おつやがおずおずと皿に手を伸ばした。窺うように見上げてくるのに、泉水は微笑んで頷く。
「遠慮しないで、好きなだけ食べて良いの」
おつやは嬉しげに笑って、今度は躊躇なく手を伸ばし、桜餅を掴んだ。ひと口食べ、大きな眼を零れんばかりに見開く。
「どうしたの?」
泉水が少し心配になって訊ねると、おつやが満面の笑顔で応えた。
「美味しい!」
泉水はその無邪気な表情と声に、思わず微笑んだ。幼い子どもとこうして刻を過ごすだけで、むすぼれている心が自然とほどけてゆくようだ。
「でしょう? ほら、こっちのお団子も食べてみて。随明寺は桜餅の方が有名だけど、この団子もなかなかいけるの。私は桜餅も好きだけど、むしろ、団子の方が良いかな」
その人通りのない小道を少し歩くと、一見小料理屋に見える小さな店が何軒か隣り合って並んでいる。ここは男女がひそかに逢瀬を重ねる連れ込み宿―出合茶屋である。この付近は、出合茶屋がある他、人家などはなく、昼間でもひっそりと静まり返っている。いかにも淫猥な秘密めいた雰囲気が漂っていた。
今は花の時期も終わり、広大な境内地は閑散としている。従って、門前の茶店にも泉水とおつやの他に客は見当たらない。泉水は店先の毛氈を敷いた長椅子の一つに腰を下ろす。おつやがその隣にちょこんと腰掛けた。
奥から出てきた老婆に桜餅と桜団子を注文する。ほどなく老婆が黒い丸盆に湯飲みを二つ、小さな皿に団子と桜餅を載せて運んできた。
「どうぞ、召し上がれ」
勧めても、おつやは手を付けようとしない。泉水は自分から先に桜餅を一つ取り上げ、ひと口頬張った。
「ここの桜餅は美味しいのよ。食べてごらんなさい」
それでもなお、おつやは手を付けない。泉水は構わず、食べ続けた。と、半分ほど食べ終えた頃、おつやがおずおずと皿に手を伸ばした。窺うように見上げてくるのに、泉水は微笑んで頷く。
「遠慮しないで、好きなだけ食べて良いの」
おつやは嬉しげに笑って、今度は躊躇なく手を伸ばし、桜餅を掴んだ。ひと口食べ、大きな眼を零れんばかりに見開く。
「どうしたの?」
泉水が少し心配になって訊ねると、おつやが満面の笑顔で応えた。
「美味しい!」
泉水はその無邪気な表情と声に、思わず微笑んだ。幼い子どもとこうして刻を過ごすだけで、むすぼれている心が自然とほどけてゆくようだ。
「でしょう? ほら、こっちのお団子も食べてみて。随明寺は桜餅の方が有名だけど、この団子もなかなかいけるの。私は桜餅も好きだけど、むしろ、団子の方が良いかな」
