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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第14章 夢を売る男

 桜餅を包む葉は、むろん随明寺の桜を使用している。もっちりした餅の食感と中身の餡のしっとりとした風味が絶妙の調和を見せており、それが人気の秘密だ。甘すぎない上品な餡は、女性だけでなく男性にも好まれるという。団子の方はやはり薄紅色で、餡などは一切入っていない。それなのに、ほのかに桜の香りが漂い、ほんのりとした甘さが漂っていて、こちらも絶品である。むろん、団子も老婆が作っている。
 泉水に勧められて、おつやは桜餅を平らげた後は、団子に手を伸ばす。ひと口かじって、これにも笑顔で〝美味しい〟を連発した。
 あまりに急いで食べて、途中でむせてしまったおつやの背を泉水は撫でてやった。
「これを呑んだら良いわ」
 湯飲みを持たせると、おつやは奪うように受け取り、夢中でごくごくと喉を鳴らして飲み干す。眼を白黒させるおつやの様子を、泉水は微笑んで眺めていた。
「大丈夫、そんなに急いで食べなくても良いのよ? 良かったら、これは全部持って帰って構わないんだから」
 皿にはまだ幾つかの桜餅や団子が残っている。泉水が優しく言うと、おつやは眼を輝かせた。
「本当? 本当に貰って良いの?」
「ええ、何だったら、お土産用にこれとは別に幾つか包んで貰うから、持って帰る?」
 おつやの表情が俄に曇り、心もち警戒するような眼で泉水を見た。
「おばちゃんからいつも言われてるの。知らない人から物を貰っちゃ駄目だって。お菓子をあげるから、付いてきなさいって言われても、絶対に付いてっちゃいけないよって」
 泉水はハッとした。どうやら、自分は人さらいか、かどわかしと勘違いされているらしい。
「大丈夫よ。私は別におつやちゃんをどこかに連れていこうなんて考えてるわけじゃないから。お菓子は本当に持って帰って良いの。持って帰って、おばちゃんと一緒に食べてね」
 できるだけ安心させるように優しく言うと、おつやはそれでもまだ少し疑わしげな眼を向けている。
「それよりも、少しだけ話を聞かせてくれるかな。おつやちゃんは、さっきは何で一人、泣いていたの? おばちゃんとは今日は一緒に来たんじゃなかったって言ってたよね」
 何げない様子で訊くと、おつやが泉水をじいっと見た。

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