
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第14章 夢を売る男
「あたし、おっかさんを探してたんだ」
ややあって、おつやがポツリと洩らした。
「おっかさんを?」
意外な応えに問い返すと、おつやは小さく頷く。
「うん、おっかさんは、あたしが四つのときに出ていっちゃったの。それで、あたしは、おとっつぁんのおっかさん―おばあちゃんに育てられた。おばあちゃんはいつも言ってた。あたしのおっかさんは自分の子を平気で捨てていくような、血も涙もない性悪な女だって」
おつやは消え入るような声で言い、手のひらで眼をこすった。
「でも、あたしはそんな話は信じないもん。おっかさんは、いつだって優しかったんだよ。きっと家を出たのだって、何か理由があったんだと思う。だから、あたしがおっかさんを探すことにしたの。もし困ったことがあって、帰ってこられないのなら、あたしが見つけ出して一緒に連れて帰ってあげようと決めたんだ」
「じゃあ、今、おつやちゃんは、おばあちゃんやおばちゃんと一緒に暮らしてるのね?」
念のために問うと、おつやはかぶりを振った。
「おばあちゃんは死んじゃった。だから、今年の春、おばちゃんの家に引き取られたの」
おつやの話を併せると、このいたいけな子どもを取り巻く環境が自ずと見えてくる。
おつやの母親おはるは二年前の冬、おつやを置いて家を出て、ゆく方知れずとなった。その三年前に、大工をしていたおつやの亭主簔吉は足場から落ちたのが因(もと)で亡くなっている。簔吉には老母がおり、おはるは女手一つで姑と幼いおつやを養っていた。おはる一家は裏店住まいで、おはるは近くの縄暖簾の仲居として働いていたようだ。
日夜働きどおしでも、生活は一向に楽にはならず、そんなある日、おはるはかき消すように姿を消した。当座の着替えを持ち出しただけで、他はすべて手を付けず家を出た。おはるは姑と幼い娘のために、それまでこつこつと働いて貯めた金をすべて残していった。小さな巾着がずっしりと重るほど、中には小粒金が詰まっていたという。
それでも、姑は、出ていったおはるを事ある毎に、罵り悪し様に言った。
―お前の母親は畜生にも劣る女だよ。普通、犬や猫だって、自分の子は見捨てず面倒を見るっていうのに。大方、こんな貧乏暮らしに嫌気がさして、あたしらを捨てて出ていったに違いないさ。
ややあって、おつやがポツリと洩らした。
「おっかさんを?」
意外な応えに問い返すと、おつやは小さく頷く。
「うん、おっかさんは、あたしが四つのときに出ていっちゃったの。それで、あたしは、おとっつぁんのおっかさん―おばあちゃんに育てられた。おばあちゃんはいつも言ってた。あたしのおっかさんは自分の子を平気で捨てていくような、血も涙もない性悪な女だって」
おつやは消え入るような声で言い、手のひらで眼をこすった。
「でも、あたしはそんな話は信じないもん。おっかさんは、いつだって優しかったんだよ。きっと家を出たのだって、何か理由があったんだと思う。だから、あたしがおっかさんを探すことにしたの。もし困ったことがあって、帰ってこられないのなら、あたしが見つけ出して一緒に連れて帰ってあげようと決めたんだ」
「じゃあ、今、おつやちゃんは、おばあちゃんやおばちゃんと一緒に暮らしてるのね?」
念のために問うと、おつやはかぶりを振った。
「おばあちゃんは死んじゃった。だから、今年の春、おばちゃんの家に引き取られたの」
おつやの話を併せると、このいたいけな子どもを取り巻く環境が自ずと見えてくる。
おつやの母親おはるは二年前の冬、おつやを置いて家を出て、ゆく方知れずとなった。その三年前に、大工をしていたおつやの亭主簔吉は足場から落ちたのが因(もと)で亡くなっている。簔吉には老母がおり、おはるは女手一つで姑と幼いおつやを養っていた。おはる一家は裏店住まいで、おはるは近くの縄暖簾の仲居として働いていたようだ。
日夜働きどおしでも、生活は一向に楽にはならず、そんなある日、おはるはかき消すように姿を消した。当座の着替えを持ち出しただけで、他はすべて手を付けず家を出た。おはるは姑と幼い娘のために、それまでこつこつと働いて貯めた金をすべて残していった。小さな巾着がずっしりと重るほど、中には小粒金が詰まっていたという。
それでも、姑は、出ていったおはるを事ある毎に、罵り悪し様に言った。
―お前の母親は畜生にも劣る女だよ。普通、犬や猫だって、自分の子は見捨てず面倒を見るっていうのに。大方、こんな貧乏暮らしに嫌気がさして、あたしらを捨てて出ていったに違いないさ。
