
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第14章 夢を売る男
おはる一人なら、今よりは数倍も楽に生きてゆける。簔吉が不慮の事故で亡くなった後、おはるの細い肩にはずっしりと家族三人の生活がのしかかっていた。おはるには養わねばならぬ老いた姑や幼い子がいたのだ。もし、我が身一人だけなら―、そんな想いがちらと、おはるの脳裡をかすめたとしても不思議はなかったろう。
おはるが残した金は、老婆と幼子が慎ましく暮らしてゆくのには十分すぎるほどあった。姑は、おはるがどんな想いでこれだけの金を貯めたかなぞ、少しも思いやろうとはしなかった。むろん、幼いおつやには推し量る術(すべ)はなかったけれど、縄暖簾の仲居の勤めだけで、これだけの金を貯めることは不可能であった。おはるの奉公していた店は、二階の小部屋で仲居に客を取らせていた。おはるの帰宅はいつも深夜であったが、表の軒燈を消した後も、おはるは客の相手をしていたのだ。
おはるが二人に残した金は、おはるがそうやって自分の身体を売って稼いだものであった。そのことを、姑はむろん、おつやは知らなかった。
おはるが血の滲む想いに耐えて得た金のお陰で暮らしながら、姑は毎日、おはるを口汚く罵った。おはるが出ていった二年後、姑は卒中の発作を起こして倒れ、ほどなく息を引き取った。その頃には、流石におはるの残した金も底をつき始めていた。
今また祖母を失い、天涯孤独となったおつやは、母の妹―つまり彼女には叔母になる、おともに引き取られることになる。おともの良人は治助といい、大工をしていて、おつやの父簔吉の幼友達でもあった。治助とおともが所帯を持ったのも、元々は、おはる・簔吉夫婦が二人を引き合わせたのが縁であったのだ。
ゆえに、治助もおともも、おつやの両親とは物心つく頃からの付き合いであり、所帯を持って以後も家族ぐるみで行き来していた。ましてや、おつやは、おともの血を分けた姪になる。治助夫婦にはおつやを引き取ることに何の異存もなく、おつやは子のおらぬ治助とおともに我が子のように可愛がられている。
おつやのたとたどしい話からも、おつやが今、それなりに恵まれた境遇にいるのは知れた。だが、おつやは、どうしても母に逢いたかった。
幼いおつやの耳の奥には、祖母が日毎、夜毎、呪いのように囁いていた言葉がこびりついている。
おはるが残した金は、老婆と幼子が慎ましく暮らしてゆくのには十分すぎるほどあった。姑は、おはるがどんな想いでこれだけの金を貯めたかなぞ、少しも思いやろうとはしなかった。むろん、幼いおつやには推し量る術(すべ)はなかったけれど、縄暖簾の仲居の勤めだけで、これだけの金を貯めることは不可能であった。おはるの奉公していた店は、二階の小部屋で仲居に客を取らせていた。おはるの帰宅はいつも深夜であったが、表の軒燈を消した後も、おはるは客の相手をしていたのだ。
おはるが二人に残した金は、おはるがそうやって自分の身体を売って稼いだものであった。そのことを、姑はむろん、おつやは知らなかった。
おはるが血の滲む想いに耐えて得た金のお陰で暮らしながら、姑は毎日、おはるを口汚く罵った。おはるが出ていった二年後、姑は卒中の発作を起こして倒れ、ほどなく息を引き取った。その頃には、流石におはるの残した金も底をつき始めていた。
今また祖母を失い、天涯孤独となったおつやは、母の妹―つまり彼女には叔母になる、おともに引き取られることになる。おともの良人は治助といい、大工をしていて、おつやの父簔吉の幼友達でもあった。治助とおともが所帯を持ったのも、元々は、おはる・簔吉夫婦が二人を引き合わせたのが縁であったのだ。
ゆえに、治助もおともも、おつやの両親とは物心つく頃からの付き合いであり、所帯を持って以後も家族ぐるみで行き来していた。ましてや、おつやは、おともの血を分けた姪になる。治助夫婦にはおつやを引き取ることに何の異存もなく、おつやは子のおらぬ治助とおともに我が子のように可愛がられている。
おつやのたとたどしい話からも、おつやが今、それなりに恵まれた境遇にいるのは知れた。だが、おつやは、どうしても母に逢いたかった。
幼いおつやの耳の奥には、祖母が日毎、夜毎、呪いのように囁いていた言葉がこびりついている。
