
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第14章 夢を売る男
―お前の母親は我が子を平気で捨てた、鬼畜のような血も涙もない女だよ。
おつやは、今も信じられない。あの、優しかった母が自分を捨てて出ていったとは思えないのだ。朝早く長屋を出て夜更けに帰ってくる母とは、殆ど顔を合わせることはなかった。それでも、暁方、怖い夢を見て泣き出したおつやを、母は抱きしめて頭を撫でてくれた。
母があんなに一生懸命働いているのは、祖母や自分のためなのだと、幼いながらもあの頃、既におつやは自覚していたのだ。だから、母が家にいなくて淋しくても、泣いたりして母を困らせてはならないのだと子ども心に我慢していた。
自分も早く大きくなって、働けるようになったら、母に今のような苦労ばかりかけなくても済む。そうなれば、母も楽になり、おつやと一緒にいられる時間も増えるだろう。
そんな日が来るのを愉しみにしていた。
なのに、母はある日、突然いなくなった。
おつやは知りたい。母にもう一度逢って、訊きたい。祖母の言うように、母は本当におつやを捨てていったのか。おつやは、母にとって、ただ邪魔なだけの厄介者だったのか、と。
そのために、母にもう一度だけ逢わねばならない。六歳の幼子は、自分を置いて出ていった母親を探し、江戸の町を一日中歩き回っているのだった。叔母たちには、仲良くなった友達と遊んでいるのだと言って、ごまかしている。優しい叔母や叔父に嘘をつくのは申し訳ないと思ったけれど、それも母に逢えるまでのことだと自分で自分に言い訳していた。
「それで、おつやちゃんは、おっかさんに今一度逢いたいと思ってる、そういうわけなのね」
泉水が確かめるような口調で言う。
おつやの頭がこっくりした。
「うん、おっかさんがおばあちゃんの言うようなひとだって、あたしはどうしても信じられないの。だったら、一人でうじうじ悩んでるよりは、こうして自分の脚で探し回った方が早いでしょ」
泉水は母をどこまでも一途に恋い慕う幼子の心に打たれた。おはるの失踪に、どのような事情があるのは判らない。もしかしたら、おつやの言うように、何かよほどの事情が隠されていたのかもしれない。が、女盛りの女が我が子を置いて、たった一人で家を出ねばならぬという理由は、そも何であろう。
おつやは、今も信じられない。あの、優しかった母が自分を捨てて出ていったとは思えないのだ。朝早く長屋を出て夜更けに帰ってくる母とは、殆ど顔を合わせることはなかった。それでも、暁方、怖い夢を見て泣き出したおつやを、母は抱きしめて頭を撫でてくれた。
母があんなに一生懸命働いているのは、祖母や自分のためなのだと、幼いながらもあの頃、既におつやは自覚していたのだ。だから、母が家にいなくて淋しくても、泣いたりして母を困らせてはならないのだと子ども心に我慢していた。
自分も早く大きくなって、働けるようになったら、母に今のような苦労ばかりかけなくても済む。そうなれば、母も楽になり、おつやと一緒にいられる時間も増えるだろう。
そんな日が来るのを愉しみにしていた。
なのに、母はある日、突然いなくなった。
おつやは知りたい。母にもう一度逢って、訊きたい。祖母の言うように、母は本当におつやを捨てていったのか。おつやは、母にとって、ただ邪魔なだけの厄介者だったのか、と。
そのために、母にもう一度だけ逢わねばならない。六歳の幼子は、自分を置いて出ていった母親を探し、江戸の町を一日中歩き回っているのだった。叔母たちには、仲良くなった友達と遊んでいるのだと言って、ごまかしている。優しい叔母や叔父に嘘をつくのは申し訳ないと思ったけれど、それも母に逢えるまでのことだと自分で自分に言い訳していた。
「それで、おつやちゃんは、おっかさんに今一度逢いたいと思ってる、そういうわけなのね」
泉水が確かめるような口調で言う。
おつやの頭がこっくりした。
「うん、おっかさんがおばあちゃんの言うようなひとだって、あたしはどうしても信じられないの。だったら、一人でうじうじ悩んでるよりは、こうして自分の脚で探し回った方が早いでしょ」
泉水は母をどこまでも一途に恋い慕う幼子の心に打たれた。おはるの失踪に、どのような事情があるのは判らない。もしかしたら、おつやの言うように、何かよほどの事情が隠されていたのかもしれない。が、女盛りの女が我が子を置いて、たった一人で家を出ねばならぬという理由は、そも何であろう。
