テキストサイズ

胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第14章 夢を売る男

 ただ、いつも穏やかで強い、何事にも滅多と動じることのない父がいたく落胆しているのを見て―、父までもが母のように儚くなってしまうのではないかと心配した。そんな自分は、母に対して薄情な娘なのではないか。そんな風に後ろめたく思ったけれど、生まれ落ちたその日から、母の側を離れ時橋の手に託された身であれば、生母の記憶は朧で、甘えた憶えもなければ、母との想い出そのものが完全に欠落している。当時五歳になったばかりの泉水が母の死をとりわけ哀しいと思えなかったのも致し方なかったのかもしれない。
 自分のように母の想い出そのものがないのと、おつやのように優しい母の記憶が存在し、その想い出ゆえに過去にこだわり、縋り続けねばならぬのと、果たしてどちらが幸せなのか。泉水には判らない。
 おつやは、二本目の桜団子を頬張っている。その頑是ない様子を見ながら、泉水は複雑な心境であった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ