胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第15章 真(まこと)
立ち止まったおつやの顔を覗き込む。
「今日もまた随分歩いたものね。疲れたでしょう? 少しどこかで休もうか」
優しく問うと、おつやは首を振った。
蜜色の夕陽が地面に落ち、長い影を描いている。泉水の影とおつやの影が並んでいた。
ふいに、おつやが両手で顔を覆って泣き出した。
「どうしたの、おつやちゃん?」
泉水は慌てて、おつやの肩に手をかけた。
「おつやちゃん?」
「お姉ちゃん、おっかさんにいつになったら逢えるのかなあ。あたし、もう三月(みつき)もおっかさんを探してるのに、おっかさんがどこにいるのかも判らないんだよ? もしかして、おっかさんは、もう死んじゃったのかな」
しゃくり上げるおつやを泉水は懸命になだめた。
「大丈夫だよ、さっきの女のひとがおっかさんの仲良くしていたって人を教えてくれたから。明日はお姉ちゃんがおもんさんのところに行ってくるからね」
「あたしも一緒に行きたい」
おつやが訴えると、泉水は首を振った。
「おつやちゃんは、明日はおじちゃんやおばちゃんと三人で随明寺の縁日市に行くんでしょう? たまには全部忘れて、おじちゃんたちに思い切り甘えて愉しんでおいでよ」
明日、おつやは来られないと言っている。治助やおともと共に随明寺の縁日市に詣でるらしい。
と、おつやが烈しくかぶりを振った。
「そんなの嫌だよ。忘れられるわけなんて、ないじゃない。おっかさんに逢えるまでは、あたしは絶対に忘れられないよ? おっかさんがあたしを捨てたりしたんじゃないって、おっかさんの口から聞くまでは、どこにも行きたくなんかない」
「―おつやちゃん」
泉水はハッとした。もしや、おつやはもうすべてを察しているのではないか。
それでも、母を信じようとし、一縷の儚い希望に縋ろうとしている。その心根が哀れだった。
―身体を売って生きるのは生半可なことじゃない。その中でやっと掴んだ幸せを自分の物にしたからって、誰にとやかく言われる道理はないさ。
先刻のおさんの言葉がありありと蘇る。
「今日もまた随分歩いたものね。疲れたでしょう? 少しどこかで休もうか」
優しく問うと、おつやは首を振った。
蜜色の夕陽が地面に落ち、長い影を描いている。泉水の影とおつやの影が並んでいた。
ふいに、おつやが両手で顔を覆って泣き出した。
「どうしたの、おつやちゃん?」
泉水は慌てて、おつやの肩に手をかけた。
「おつやちゃん?」
「お姉ちゃん、おっかさんにいつになったら逢えるのかなあ。あたし、もう三月(みつき)もおっかさんを探してるのに、おっかさんがどこにいるのかも判らないんだよ? もしかして、おっかさんは、もう死んじゃったのかな」
しゃくり上げるおつやを泉水は懸命になだめた。
「大丈夫だよ、さっきの女のひとがおっかさんの仲良くしていたって人を教えてくれたから。明日はお姉ちゃんがおもんさんのところに行ってくるからね」
「あたしも一緒に行きたい」
おつやが訴えると、泉水は首を振った。
「おつやちゃんは、明日はおじちゃんやおばちゃんと三人で随明寺の縁日市に行くんでしょう? たまには全部忘れて、おじちゃんたちに思い切り甘えて愉しんでおいでよ」
明日、おつやは来られないと言っている。治助やおともと共に随明寺の縁日市に詣でるらしい。
と、おつやが烈しくかぶりを振った。
「そんなの嫌だよ。忘れられるわけなんて、ないじゃない。おっかさんに逢えるまでは、あたしは絶対に忘れられないよ? おっかさんがあたしを捨てたりしたんじゃないって、おっかさんの口から聞くまでは、どこにも行きたくなんかない」
「―おつやちゃん」
泉水はハッとした。もしや、おつやはもうすべてを察しているのではないか。
それでも、母を信じようとし、一縷の儚い希望に縋ろうとしている。その心根が哀れだった。
―身体を売って生きるのは生半可なことじゃない。その中でやっと掴んだ幸せを自分の物にしたからって、誰にとやかく言われる道理はないさ。
先刻のおさんの言葉がありありと蘇る。