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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第15章 真(まこと)

 あの言葉には、含みがあった。おさんは、おはるの失跡については何も知らないと言い、あの女が満更嘘をついているようには思えなかった。が、長年、おはると同じような苛酷な環境を生き抜いてきた女の勘で、おさんはおおよその事情を見抜いているのだろう。
 そして、泉水もまた、やがて自分が辿り着くであろう事実の怖ろしい予感におののいていた。願わくば、その予感が的中はしないで欲しい。母を一途に恋うる幼子のためにも。
 そう祈りたかった。
「明日は私がおつやちゃんの分までちゃんとおもんさんに話を聞きにいってくるからね」
 泉水はできるだけ明るい声音で言い、おつやの頭を撫でた。

 その翌日の同じ時刻、泉水は暗い気持ちで和泉橋のたもとにいた。
 おもんという女に逢うために、張り切って出かけたのは今日の朝のことであった。
 おもんは町外れの長屋に亭主と子ども二人の家族四人で暮らしていた。上の男の子が恐らくは、おつやと同じ歳なのだろう。下の子は女の子で、まだ生後半年といったくらいの赤ン坊であった。
 おもんは感じの良い女であった。いわゆる世間的にいう美人ではないけれど、色白の優しげな面立ちをしており、男ならば、おもんのような女と共にいれば安らげるのではないか―、そんな風に思える女だ。
 突然訪ねてきた泉水に対しても、嫌な顔もせずに丁寧に応対してくれたし、おはるについては知っているということはすべて教えてくれた。おもんの良人は日本橋で小さな煮売り屋を営んでいるそうだ。店とはいっても、橋のたもとに葦簀張りで周囲を囲っただけの簡素なもので、昼間はずっと、そちらにいるという。十年前に女房を亡くし、寡夫暮らしの身であったのが、おもんの勤める縄暖簾に客として通うようになり、おもんと出逢った。
 おもんの大人しやかなところに惹かれ、おもんもまた亭主の実直で裏表のない気性を好もしく思い、直に深い仲になった。おもんもまた数年前に亭主を病で亡くし、残った倅を抱えて、親子二人で懸命に生きていた。亭主に所帯を持とうと言われ、初めは、これは夢ではないかとさえ思ったという。幸いに五つになる倅も亭主に懐いたので、思い切って店を辞め男と一緒になった。去年の暮れには待望の娘を亭主との間に授かり、今は慎ましい暮らしだが、穏やかな日々を過ごしているようだった。

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