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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第15章 真(まこと)

 おもんは、おはるについて色々と語った後、しまいにこうも言った。
―私があなたにこんなことを申し上げるのはどうかとも思いますが、私にしろ、おはるちゃんにしろ、今は贅沢はできないにしろ、そこそこの暮らしができて、幸せに暮らしています。おはるちゃんから娘さんの話は度々聞かされてましたから、あの人にうちの倅と同じ歳頃の娘がいるのも知ってるんです。その上で、私は、おはるちゃんを追い詰めないでやって欲しいと、こうしてお願いします。昔は昔、おはるちゃんがしたことは確かに母親としては許されないことかもしれないけれど、さんざん苦労のし通しだったんだもの。気難しくて、ごうつくばりなだけのの姑と小さな子を養うために、辛い想いをたくさんしたんですよ、あの人は。折角、手にした幸せを自分の物にしようしたのも、仕方ないことじゃないんでしょうか。私は幸いにも亭主と知り合って早い中に、うちの人に倅がいることを話しました。けれど、おはるちゃんは、どうしても言えなかったんだと思います。それはもちろん、勇気を出して打ち明ければ良かったんだと思いますが、もし子どもがいることで、相手の人の気が変わったらと迷ったんでしょうね。
 泉水は、そろそろ濃くなってきた夕闇を映した川面をぼんやりと眺めていた。夕風が川面を渡る度に、傍らの桜の樹がざわめく。まるで何かを語りかけるように、さわさわと緑濃い梢を揺らす。
 奇しくも、おさん、おもん二人共が同じことを言った。
―その中でやっと掴んだ幸せを自分の物にしたからって、誰にとやかく言われる道理はないさ。
―折角、手にした幸せを自分の物にしようとしたのも、仕方ないことじゃないんでしょうか。
 一体、何が正しいのか、判らなくなってきている。おさんやおもんの言うように、身をひさいで生活の糧を得るしかない女たちの胸中は、泉水なぞ考え及びもせぬものに相違ない。一概に娘を捨てたと、おはるを責めることはできないだろう。
 そして、おもんの住まいを訪ねたその先の出来事を思い起こし、泉水の心は更に沈んだ。
 とにかく、おはるの居所を突き止めた泉水は、その脚でおはるの現在の住まいを訪ねた。母との再会を待ち侘びるおつやの心を思えば、一刻も早くおはるに逢わねばと思ったのだ。

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