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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第15章 真(まこと)

 幸せになる機会があるのなら、それを自分のものにして、何が悪い。三人の女は皆口を揃えて言った。
 確かに、そのとおりだ。幸せになれる機会を与えられた人に、それを掴んで悪いとは誰も言えない。言うことはできない。
 人には誰にでも幸せになる権利と資格がある。でも、その裏で泣かなければならない人だって、いるのだ。例えば、おはるの娘おつやがその犠牲者の一人だった。おはるが幸せになれた陰で、おつやは母を失った哀しみと淋しさにたった一人で耐えている。
 親が、子を犠牲にしてまで、その涙を礎にしてまで、幸せを求めても良いのか。そんなことが許されるのだろうか。
 泉水は、おはるにそう言い返してやりたかった。けれど、結局、その科白は口に出せないままに終わった。
―やっと手にした幸せを手放したくないんです。あの人に昔のことを知らせたくないんです。
 涙ながらに訴えるおはるに、泉水はそれ以上何を言うこともできなかったのだ。
 仮にもし、辰平という亭主が心底から、おはるに惚れているのであれば、今更、おはると死んだ前の亭主との間に子がいたからとて、何の問題もないはずだ。むしろ、女房としておはるを大切に思うならば、その娘を引き取っても良いと考えるかもしれない。ましてや、おつやの存在が知れるだけであるなら、それほどに怖れずとも良いと思うのだけれど、おはるは辰平に知られることを必要以上に不安がっているように見えた。
 おもんの話によれば、辰平という男は、たいして懐の広い男のようには思えないから、おつやのことが露見すれば、あるいは、おはるを邪険にしたり辛く当たったりすることもあるのだろうか。
 泉水は何も言えぬままに、おはるの住まいを辞した。
―亭主がそろそろ帰ってくる頃です。申し訳ありませんが、もう、お引き取り願えませんか。
 そう言われては、帰らないわけにはゆかない。
―おはるさん、おつやちゃんにはもう逢わないつもりなのですか?
 帰り際、思い切って、それだけは言うと、おはるは一瞬、愕いたように眼を見開いた。予期せぬ問いだったのだろう。
 短い沈黙の後、おはるは、きっぱりとした口調で応えた。

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