
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第15章 真(まこと)
―どこのどなたかは存じませんが、あの子には、あの子の母親はもう死んだと、伝えて下さい。あの日、二年前に家を出た時、おはるという女は死にました。私は、あの子の母であるという自分を自分で殺したんです。あなたは、おもんちゃんから私のことをお聞きになったって言ってたから、家を出た時、私が辰平の子を身ごもっていたという話もお聞きになったでしょう? 家を出て、おつやを捨ててまで、生まれてくる子、惚れた男と三人で暮らそうとしていたのに、お腹にいた赤ン坊は死んじまったんですよ。六月(むつき)に入ったところでしたかね、流れちまいました。
おはるは、眼尻に滲んだ涙をそっと拭った。
―ああ、罰が当たったんだなって、流石にそのときは思いましたね。我が子を犠牲にしてまで自分だけが幸せになろうした結果がこれなんだ、その代償を私は自分で払ったんだって。それから幾ら子どもが欲しいと思っても、一向にできませんでした。最初の子が駄目になってから、一年以上経って、やっと身ごもりました。この子はね、そのときの子の生まれ変わりだって思ってるんです。
そう言って、おはるは背中の赤子を愛おしげにあやした。
三和土に立って話をするおはるの背後に、狭い家の中がかいま見えた。内職の材料らしい色紙や紙細工の花が所狭しとひろがっている。一つ一つ、手作りで造花を作るのだ。それは、今の季節に相応しく、薄紫と白のふた色の藤の花であった。幸せに暮らしているとは言うけれど、今の生活もその日を暮らしてゆくのがやっとなのだろう。それでも、おはるにとっては、大切なものを捨ててまで、やっと手にした、ささやかな幸せに違いない。
母に捨てられた子と、母に愛されて育つ子。同じ女を母として生まれながら、きっちりと明暗を分かつ二人の子どもを泉水は複雑な想いで見ていた。
甚平店を出た泉水は、力ない足取りで帰り道を辿った。今日、おつやは叔母夫婦と三人、水入らずで随明寺に詣でているはずだ。一体、明日、おつやに顔を合わせた時、何と言えば良いものかと考えると、ますます心は沈んでゆく。
去り際、おはるは言った。おはるという女は、おつやの母親はもう死んだと、おつやには伝えて欲しいと。
おはるは、眼尻に滲んだ涙をそっと拭った。
―ああ、罰が当たったんだなって、流石にそのときは思いましたね。我が子を犠牲にしてまで自分だけが幸せになろうした結果がこれなんだ、その代償を私は自分で払ったんだって。それから幾ら子どもが欲しいと思っても、一向にできませんでした。最初の子が駄目になってから、一年以上経って、やっと身ごもりました。この子はね、そのときの子の生まれ変わりだって思ってるんです。
そう言って、おはるは背中の赤子を愛おしげにあやした。
三和土に立って話をするおはるの背後に、狭い家の中がかいま見えた。内職の材料らしい色紙や紙細工の花が所狭しとひろがっている。一つ一つ、手作りで造花を作るのだ。それは、今の季節に相応しく、薄紫と白のふた色の藤の花であった。幸せに暮らしているとは言うけれど、今の生活もその日を暮らしてゆくのがやっとなのだろう。それでも、おはるにとっては、大切なものを捨ててまで、やっと手にした、ささやかな幸せに違いない。
母に捨てられた子と、母に愛されて育つ子。同じ女を母として生まれながら、きっちりと明暗を分かつ二人の子どもを泉水は複雑な想いで見ていた。
甚平店を出た泉水は、力ない足取りで帰り道を辿った。今日、おつやは叔母夫婦と三人、水入らずで随明寺に詣でているはずだ。一体、明日、おつやに顔を合わせた時、何と言えば良いものかと考えると、ますます心は沈んでゆく。
去り際、おはるは言った。おはるという女は、おつやの母親はもう死んだと、おつやには伝えて欲しいと。
