胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第15章 真(まこと)
「悪ィことは言わない。その子に本当のことを話してやりなよ。下手に隠し立して、真実を知らせないのは、かえって酷いことじゃないのかねえ」
「―そうね。夢五郎さんの言うとおりかもしれない。私が間違ってたわ。明日、本当のことを話してみます」
泉水が顔を上げると、夢五郎がニッと笑った。
「そうこなくっちゃ。姐さん、つくづく良い女だね。また惚れ直したよ」
ホッとした次には、また溜息が出そうになる。どこまで阿呆で、どこまで真剣なのか。この夢売りの夢五郎という男、つくづく判らない奴だ。
「じゃあ、私はこれで。縁があれば、また逢えるかもしれないな」
夢五郎が笑いながら、片手をひらひらと振る。
冗談ではない。こんな怪しい男は、これ以上、関わり合いにはなりたくない。そう思う傍ら、やはり、このいけ好かない男が憎めない泉水であった。
「ありがとう、夢五郎さん」
それでも遠ざかってゆく長身の背中に叫ぶと、夢五郎は手だけを高く持ち上げて振ってよこした。惚れているとか何とか言う割には、あまりにもあっさりとした去り方である。
夢売りの夢五郎。掴みどころのない、不思議な男であった。が、この男のお陰で、迷っていた心が決まったのも確かだ。
泉水は、まだ手に握りしめたままだった夢札の存在に漸く気付いた。
闇はすっかり深まり、夜の気配が濃くなっている。
半分だけの月が、夢五郎の歩み去っていった逆方向の道を白々と照らしていた。
泉水は夢札を懐におさめると、慌てて榊原の屋敷に向かって歩き出した。
その翌日。
泉水は、おつやの住んでいるという長屋を訪ねた。おつやの義理の叔父治助は丁度、仕事に出かけていたが、おはるの妹おともは家にいた。おつやは、いつもの待ち合わせ場所である随明寺門前ではなく、泉水が直接長屋に現れたので、随分と愕いたようだ。
黒目がちの大きな瞳を一杯に見開いている。
泉水は、おともに詳しい素性は名乗らず、名前だけを明かし、縁あって、おつやの母親探しを手伝っていた者だと告げた。
「―そうね。夢五郎さんの言うとおりかもしれない。私が間違ってたわ。明日、本当のことを話してみます」
泉水が顔を上げると、夢五郎がニッと笑った。
「そうこなくっちゃ。姐さん、つくづく良い女だね。また惚れ直したよ」
ホッとした次には、また溜息が出そうになる。どこまで阿呆で、どこまで真剣なのか。この夢売りの夢五郎という男、つくづく判らない奴だ。
「じゃあ、私はこれで。縁があれば、また逢えるかもしれないな」
夢五郎が笑いながら、片手をひらひらと振る。
冗談ではない。こんな怪しい男は、これ以上、関わり合いにはなりたくない。そう思う傍ら、やはり、このいけ好かない男が憎めない泉水であった。
「ありがとう、夢五郎さん」
それでも遠ざかってゆく長身の背中に叫ぶと、夢五郎は手だけを高く持ち上げて振ってよこした。惚れているとか何とか言う割には、あまりにもあっさりとした去り方である。
夢売りの夢五郎。掴みどころのない、不思議な男であった。が、この男のお陰で、迷っていた心が決まったのも確かだ。
泉水は、まだ手に握りしめたままだった夢札の存在に漸く気付いた。
闇はすっかり深まり、夜の気配が濃くなっている。
半分だけの月が、夢五郎の歩み去っていった逆方向の道を白々と照らしていた。
泉水は夢札を懐におさめると、慌てて榊原の屋敷に向かって歩き出した。
その翌日。
泉水は、おつやの住んでいるという長屋を訪ねた。おつやの義理の叔父治助は丁度、仕事に出かけていたが、おはるの妹おともは家にいた。おつやは、いつもの待ち合わせ場所である随明寺門前ではなく、泉水が直接長屋に現れたので、随分と愕いたようだ。
黒目がちの大きな瞳を一杯に見開いている。
泉水は、おともに詳しい素性は名乗らず、名前だけを明かし、縁あって、おつやの母親探しを手伝っていた者だと告げた。