胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第2章 《戸惑う心》
芍薬の花の色は皆、穢れなき少女を思わせる純白。それゆえ、派手やかでありながらも、清楚な慎ましい佇まいを保っている。
爽やかな初夏の風が吹き通る度に、芍薬の花たちがかすかに身を震わせる。まさに、天上の楽園のような光景に、まるで憑かれたように見入った。
突如として、その至福のひとときに予期せぬ闖入者が出現した。
「花が気に入ったのか?」
背後から馴れ馴れしく声をかけてくる男を、泉水は眼を見開いて見つめた。
その刹那、愕きというよりは衝撃が襲った。
あの男―、このひと月、忘れようとしても忘れられなかった男が今まさに眼前にいた。
しかし、どうして、あのひとがこんな場所にいるのか。泉水は解せぬ想いに囚われた。
だが、相手は泉水の驚愕にはいっかな頓着していないようである。その整った顔には喜色が溢れていた。
「そなたとこのような場所で逢えるとは思うてもみなんだぞ。この屋敷に仕える女だったのか?」
矢継ぎ早に問われ、泉水は言葉を失った。
今日の泉水は淡紅色の小袖に空の蒼を思わせる水色の打ち掛けを身にまとっている。打ち掛けには流れる水と青楓がいかにも新緑の季節にふさわしく描かれている。けして派手ではないが、落ち着いた色柄が泉水の若さと白い膚をいっそう引き立てていた。
このいでたちを見ただけでも、泉水がただの奥女中ではないことは判りそうなものなのに、男はどこか不遜さを漂わせる口調で言いながら近づいてこようとする。
泉水は無意識の中に後ずさった。
今日の男は何故か、これまで泉水が知るあの男とは別人のように見える。それが何故なのか、はきとした理由は判らなかったけれど、その視線にはどこか不躾なものが含まれているような気がした。
「どうした、俺だよ。もう忘れてしまったのか」
男の手が伸びてきて、泉水の手首を捉えた。
「―」
泉水は身を強ばらせて、男を見つめた。
「止めて下さい」
懇願するように言っても、男は手を離してくれない。
「花が気に入ったのなら、後で部屋に届けさせよう。幾らでも欲しいだけ持ってゆくが良い」
爽やかな初夏の風が吹き通る度に、芍薬の花たちがかすかに身を震わせる。まさに、天上の楽園のような光景に、まるで憑かれたように見入った。
突如として、その至福のひとときに予期せぬ闖入者が出現した。
「花が気に入ったのか?」
背後から馴れ馴れしく声をかけてくる男を、泉水は眼を見開いて見つめた。
その刹那、愕きというよりは衝撃が襲った。
あの男―、このひと月、忘れようとしても忘れられなかった男が今まさに眼前にいた。
しかし、どうして、あのひとがこんな場所にいるのか。泉水は解せぬ想いに囚われた。
だが、相手は泉水の驚愕にはいっかな頓着していないようである。その整った顔には喜色が溢れていた。
「そなたとこのような場所で逢えるとは思うてもみなんだぞ。この屋敷に仕える女だったのか?」
矢継ぎ早に問われ、泉水は言葉を失った。
今日の泉水は淡紅色の小袖に空の蒼を思わせる水色の打ち掛けを身にまとっている。打ち掛けには流れる水と青楓がいかにも新緑の季節にふさわしく描かれている。けして派手ではないが、落ち着いた色柄が泉水の若さと白い膚をいっそう引き立てていた。
このいでたちを見ただけでも、泉水がただの奥女中ではないことは判りそうなものなのに、男はどこか不遜さを漂わせる口調で言いながら近づいてこようとする。
泉水は無意識の中に後ずさった。
今日の男は何故か、これまで泉水が知るあの男とは別人のように見える。それが何故なのか、はきとした理由は判らなかったけれど、その視線にはどこか不躾なものが含まれているような気がした。
「どうした、俺だよ。もう忘れてしまったのか」
男の手が伸びてきて、泉水の手首を捉えた。
「―」
泉水は身を強ばらせて、男を見つめた。
「止めて下さい」
懇願するように言っても、男は手を離してくれない。
「花が気に入ったのなら、後で部屋に届けさせよう。幾らでも欲しいだけ持ってゆくが良い」