胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第16章 嵐
「確かにお方さまの仰せのとおりにございます。さりながら、当の昭英院さまは、そうはお考えではいらっしゃらないご様子、それゆえ、公方さまに再三、光利公をお世継ぎにとお願い申し上げているそうにござりますよ」
「それは、昭英院さまの考え過ぎ、杞憂ではないか」
泉水が嘆息すると、時橋は思案顔で応えた。
「されど、お方さま、一部では、昭英院さまがご心配にならるるようなことを真しやかに囁く者どもがあるのもまた真実にございます」
「何と、では、泰雅さまが次の将軍候補に目されているということか?」
「さようにございます」
「まさか、そのような馬鹿な話があるはずもない」
泉水は笑おうとしたけれど、顔が引きつったように笑えない。
「先ほども申したが、尾張さまはともかく、泰雅さまの場合、お血筋的にも将軍継職なぞあり得ぬ話じゃ」
「お言葉ではございますが、世の中には、そのあり得ぬ話をさもあり得るもののように吹聴する輩がおりますものゆえ」
「それで、時橋。殿の今回のお怪我と尾張さまと何の拘わりがあると申すのか」
時橋は声を低めた。
「昭英院さまには、とかくの風評がございます。既にご隠居なされた先代の藩主光宗公とはもう二十年以上も前にご別居なされ、三ノ丸にお住まいだったとか。それもこれも皆、昭英院さまのお気の強さが原因と洩れ承っておりまする。将軍家の姫君であることを何かにつけ鼻にかけ、ご夫君の光宗公を軽んじられていたともお聞き致しました。そのため、ご夫婦仲も芳しからず、昭英院さまは光利公とその姉君鶴姫さま、お二人のお子さま方のご成長のみをひたすらお心の支えにされておいでだったそうにござります。それゆえ、こたびの光利公の将軍お跡目の件につきましても、執念を燃やされていると専らの噂にございます」
「しかし、そのために昭英院さまが殿に」
泰雅に危害を加えるようなことまではすまい。泉水はそう言おうとしたが、上手く言葉にならなかった。
「はい、私もただの噂であることを願うておりまする」
時橋は頷いたが、その表情は硬い。
泉水は、この噂が単なる噂以上の意味合いを持つものだと悟った。
「それは、昭英院さまの考え過ぎ、杞憂ではないか」
泉水が嘆息すると、時橋は思案顔で応えた。
「されど、お方さま、一部では、昭英院さまがご心配にならるるようなことを真しやかに囁く者どもがあるのもまた真実にございます」
「何と、では、泰雅さまが次の将軍候補に目されているということか?」
「さようにございます」
「まさか、そのような馬鹿な話があるはずもない」
泉水は笑おうとしたけれど、顔が引きつったように笑えない。
「先ほども申したが、尾張さまはともかく、泰雅さまの場合、お血筋的にも将軍継職なぞあり得ぬ話じゃ」
「お言葉ではございますが、世の中には、そのあり得ぬ話をさもあり得るもののように吹聴する輩がおりますものゆえ」
「それで、時橋。殿の今回のお怪我と尾張さまと何の拘わりがあると申すのか」
時橋は声を低めた。
「昭英院さまには、とかくの風評がございます。既にご隠居なされた先代の藩主光宗公とはもう二十年以上も前にご別居なされ、三ノ丸にお住まいだったとか。それもこれも皆、昭英院さまのお気の強さが原因と洩れ承っておりまする。将軍家の姫君であることを何かにつけ鼻にかけ、ご夫君の光宗公を軽んじられていたともお聞き致しました。そのため、ご夫婦仲も芳しからず、昭英院さまは光利公とその姉君鶴姫さま、お二人のお子さま方のご成長のみをひたすらお心の支えにされておいでだったそうにござります。それゆえ、こたびの光利公の将軍お跡目の件につきましても、執念を燃やされていると専らの噂にございます」
「しかし、そのために昭英院さまが殿に」
泰雅に危害を加えるようなことまではすまい。泉水はそう言おうとしたが、上手く言葉にならなかった。
「はい、私もただの噂であることを願うておりまする」
時橋は頷いたが、その表情は硬い。
泉水は、この噂が単なる噂以上の意味合いを持つものだと悟った。