胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第16章 嵐
そのときである。廊下が騒がしくなった。
腰元たちの興奮した声や足音が入り乱れ、やがて、襖が開いた。若い腰元が両手をついて嬉しげに言上する。
「奥方さま、殿のお帰りにございます」
泉水は無意識の中に立ち上がった。
開いた襖の向こうから泰雅が歩いてくる。
「殿ッ」
泉水は泰雅に縋りついた。
「おい、泉水。一体、どうしんだ?」
泰雅はいきなり抱きついてきた妻に、愕きながらも嬉しさを隠しきれぬ顔である。
「殿、お怪我は、お怪我の方は、いかがにござりますか」
矢継ぎ早に訊ねると、泰雅は笑った。
「何じゃ、もう聞いておるのか。脇坂の奴、あれほど知らせずとも良いと申したものを」
と、泉水は泰雅を恨めしげに見つめた。
「何を仰せになられます。殿が暴漢に襲われ、お怪我をなされたのです。そのことを脇坂どのが私に知らせるのは当然のことではございませぬか」
「いや、そちが心配性なのは俺がよく知っておるからの。ゆえに、脇坂には屋敷に戻ってから俺が直接話すと言うておったのだ」
泉水は改めて良人を見た。泰雅は右腕を包帯で吊っている。その痛々しい姿に、胸を衝かれた。
「大事はござりませぬか」
「ああ、何のこれしき、傷の中にも入らぬ。これも脇坂が大騒ぎして、このように大仰にしてしもうたまでのことよ。単なるかすり傷だ、ほら」
そう言って勢いよく右腕を動かそうとして、泰雅が小さく呻いて顔をしかめる。
「お痛みになるのですか?」
「あ、ああ」
情けない顔で笑う泰雅を見ている中に、泉水の眼に涙が溢れた。安心と心配が一緒になって入り乱れているような、混乱した気持だった。
「良かった、本当に良かった。もし殿の御身に何かあったら、私は本当にどうして良いか判りませぬ」
大粒の涙が頬をすべり落ちる。
泰雅はといえば、歓びを露わにした表情で泉水の泣き顔を見つめていた。
「そなたが俺の身をそこまで案じてくれるとは思うてもみなんだぞ。これが怪我の功名というものかな」
人をさんざん心配させておいて、全く呑気なものである。
腰元たちの興奮した声や足音が入り乱れ、やがて、襖が開いた。若い腰元が両手をついて嬉しげに言上する。
「奥方さま、殿のお帰りにございます」
泉水は無意識の中に立ち上がった。
開いた襖の向こうから泰雅が歩いてくる。
「殿ッ」
泉水は泰雅に縋りついた。
「おい、泉水。一体、どうしんだ?」
泰雅はいきなり抱きついてきた妻に、愕きながらも嬉しさを隠しきれぬ顔である。
「殿、お怪我は、お怪我の方は、いかがにござりますか」
矢継ぎ早に訊ねると、泰雅は笑った。
「何じゃ、もう聞いておるのか。脇坂の奴、あれほど知らせずとも良いと申したものを」
と、泉水は泰雅を恨めしげに見つめた。
「何を仰せになられます。殿が暴漢に襲われ、お怪我をなされたのです。そのことを脇坂どのが私に知らせるのは当然のことではございませぬか」
「いや、そちが心配性なのは俺がよく知っておるからの。ゆえに、脇坂には屋敷に戻ってから俺が直接話すと言うておったのだ」
泉水は改めて良人を見た。泰雅は右腕を包帯で吊っている。その痛々しい姿に、胸を衝かれた。
「大事はござりませぬか」
「ああ、何のこれしき、傷の中にも入らぬ。これも脇坂が大騒ぎして、このように大仰にしてしもうたまでのことよ。単なるかすり傷だ、ほら」
そう言って勢いよく右腕を動かそうとして、泰雅が小さく呻いて顔をしかめる。
「お痛みになるのですか?」
「あ、ああ」
情けない顔で笑う泰雅を見ている中に、泉水の眼に涙が溢れた。安心と心配が一緒になって入り乱れているような、混乱した気持だった。
「良かった、本当に良かった。もし殿の御身に何かあったら、私は本当にどうして良いか判りませぬ」
大粒の涙が頬をすべり落ちる。
泰雅はといえば、歓びを露わにした表情で泉水の泣き顔を見つめていた。
「そなたが俺の身をそこまで案じてくれるとは思うてもみなんだぞ。これが怪我の功名というものかな」
人をさんざん心配させておいて、全く呑気なものである。