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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第17章 予期せぬ客人

 道安の診立てでは、このひと月以内に意識が戻らなければ、将軍はそのまま逝去するだろうということであった。また、運良く一命を取り止めても、言語障害か何か―重い機能障害が後遺症として残るという。
―それでは、事実上、上さまが再び政務をお執りにになるのは不可能ということではないか。
 筆頭老中阿倍(あべ)定親(さだちか)は口惜しげに拳を握りしめた。
―阿倍どの。今はさように嘆いてばかりもおられませぬぞ。そうとはっきり判ったからには、至急に次の公方さまを決めねばなりませぬ。
 他の老中が言うと、後の者たちもしきりに目配せし合いながら頷いた。
―やはり、次の将軍は尾張大納言徳川光利公においてはおられますまい。
 一人が確信に満ちた口調で言うと、また残りの者たちも口を揃える。
―確かに、尾張さま以外に相応しき御仁はおられんでしょうな。紀州さまは既にご老齢、今更、公方さまになって頂くのもあまりに荷が重すぎるというもの。
 と、阿倍定親が手を挙げた。
―あいや、しばし待たれよ。
 他の者が愕いたように阿倍を見た。
―上さまには実は若君さまがおわされる。私は、その若君さまにこそ、次の将軍職をお継ぎ頂くべきかと存ずるが。
―何と、阿倍どの、今、何と申されましたか?
 一人が信じられぬといった面持ちで問う。
―上さまの若君はご側室との間に儲けられた和子さまが四人確かにおいでではありましたが、皆さま、もう既にお亡くなりになって久しいではございませぬか。
―いや、上さまのお血を受け継ぐ若君さまは、確かにご存命でいらせられる。
 阿倍は断じた。
―しかも、その方は英邁で俊敏、名君の器でもあらせられる。私はここは是非、上さまの若君に次の公方さまとなって頂き、正統なる徳川宗家の直系の血を次代に伝えて頂きたいと願うておりまする。
―それは、真にそのようなお方がおわすのであらば、我々としても是が非にでもその方に次の将軍職をお継ぎ頂きたいとは存じますれど、して、そのお方とはいずこにいらっしゃるのですかな?
 幾分疑念を含んだ口調に、阿倍はしかと頷いた。

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