胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第17章 予期せぬ客人
「家老の脇坂さまに代わりに応対して頂いてはいかがにございましょう?」
「さりとて、尾張さまは、殿がお留守であれば、代わりにこの私に逢いたいと仰せなのであろう?」
「はい、それは確かにそのように仰せではございますが、お気の進まぬものをお逢いになられる必要もございませんでしょう」
慎重な時橋らしからぬ物言いに、泉水は苦笑した。
「相手は仮にも御三家筆頭、尾張大納言さまであろう。その尾張さまが逢いたいと仰せになるのに、たかだか五千石取りの直参の妻がお断りするわけには参らぬ。万が一にも殿のお留守中に粗相があってはならぬ」
二日前、泰雅は確かに言っていた。泰雅と尾張大納言とは面識があるという。ならば、良人の知人でもあるというわけで、余計に泰雅の妻としては対面せずに追い返すことはできないだろう。泰雅の名や体面を傷つけるような行為だけは断じてしてはならないと自らを固く戒める。
そんな泉水を見て、時橋は微笑んだ。
「お方さまもこちらに嫁がれてはや一年、流石にご立派なご内室さまにおなりでございますね」
いつも叱られてばかりいる時橋に面と向かってあからさまに賞められ、泉水はくすぐったい想いになる。照れたようにそっぽを向き、早口で言った。
「とにかく、あまりお待たせしても失礼というもの。早うお通し致すが良い」
四半刻後、泉水は来客用の広座敷で尾張大納言徳川光利と対面した。
「上さまのお見舞いで江戸に参りました折も折、榊原どのがお怪我をなさったとお聞き致しました」
簡単な挨拶を述べた後、光利はそう言った。
泉水は改めて光利を眺める。上背のある美丈夫といった感じで、女形市川瀬五郎に似ていると聞いてはいたけれど、優男という印象は全くない。切れ長の眼(まなこ)にそこはかとなき色香が滲み出ており、眼線の動かし方一つだけで様々に表情を変えることができるようだ。
殊に時折、ちらりと掬い上げるように見つめてきたときには、泉水でさえハッとするほどの色気があった。泰雅もかつては、黙って見つめただけで、その愁いの含んだ眼で女を落とすことができると云われていたらしいが、この男もまた〝女殺し〟であることに変わりはないらしい。
「さりとて、尾張さまは、殿がお留守であれば、代わりにこの私に逢いたいと仰せなのであろう?」
「はい、それは確かにそのように仰せではございますが、お気の進まぬものをお逢いになられる必要もございませんでしょう」
慎重な時橋らしからぬ物言いに、泉水は苦笑した。
「相手は仮にも御三家筆頭、尾張大納言さまであろう。その尾張さまが逢いたいと仰せになるのに、たかだか五千石取りの直参の妻がお断りするわけには参らぬ。万が一にも殿のお留守中に粗相があってはならぬ」
二日前、泰雅は確かに言っていた。泰雅と尾張大納言とは面識があるという。ならば、良人の知人でもあるというわけで、余計に泰雅の妻としては対面せずに追い返すことはできないだろう。泰雅の名や体面を傷つけるような行為だけは断じてしてはならないと自らを固く戒める。
そんな泉水を見て、時橋は微笑んだ。
「お方さまもこちらに嫁がれてはや一年、流石にご立派なご内室さまにおなりでございますね」
いつも叱られてばかりいる時橋に面と向かってあからさまに賞められ、泉水はくすぐったい想いになる。照れたようにそっぽを向き、早口で言った。
「とにかく、あまりお待たせしても失礼というもの。早うお通し致すが良い」
四半刻後、泉水は来客用の広座敷で尾張大納言徳川光利と対面した。
「上さまのお見舞いで江戸に参りました折も折、榊原どのがお怪我をなさったとお聞き致しました」
簡単な挨拶を述べた後、光利はそう言った。
泉水は改めて光利を眺める。上背のある美丈夫といった感じで、女形市川瀬五郎に似ていると聞いてはいたけれど、優男という印象は全くない。切れ長の眼(まなこ)にそこはかとなき色香が滲み出ており、眼線の動かし方一つだけで様々に表情を変えることができるようだ。
殊に時折、ちらりと掬い上げるように見つめてきたときには、泉水でさえハッとするほどの色気があった。泰雅もかつては、黙って見つめただけで、その愁いの含んだ眼で女を落とすことができると云われていたらしいが、この男もまた〝女殺し〟であることに変わりはないらしい。