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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第17章 予期せぬ客人

 全く、この男は女である泉水よりもよほど色気がある。どうにもそれが悔しいやら腹立たしい。泉水は一人で理不尽な怒りに震えた。
 葵の紋入りの鶯色の羽織袴が男ながら肌理細やかな膚によく似合っている。容貌そのものは確かに端整ではあるが、泰雅の方がよほど美しい。が、この徳川光利は泰雅とはまた別の種類の、女にモテそうな男であった。
 とにかく視線の動かし方、優美な挙措の一つ一つが憎らしいほど色っぽい。
 対する光利もまた泉水に負けてはいないようで、いささか不躾ともいえるほどの視線を向けていた。今日の泉水の打掛は、濃い蒼色の地に白百合の花が大胆に描かれている。かなり個性的な色柄のものだが、色の白い泉水にはよく似合い、かえって、その若さや膚の美しさを際立たせていた。
 打掛の下には淡紅色の小袖を身に纏っている。
 光利はまるで店屋の軒先で品物を物色するような眼で、ひとしきり泉水を見つめていた。が、そのようなことで臆する泉水ではない。
「ご丁重なるお見舞い、痛み入ります」
 しとやかに頭を下げると、上座の光利は眩しげに眼を細めた。そうやっていると、〝お転婆姫〟と呼ばれていた昔が嘘のような変わりようである。もっとも、中身は以前と全く変わってはいないのだけれど。
 光利がゆるりと視線をめぐらしたその先には、純白の紫陽花がある。まだ梅雨入りも前とて、漸く咲き初(そ)めたばかりの花は初夏の陽差しを浴びて、たおやかに咲いていた。
「そのように礼を申されては、こちらの方が赤面せねばなりませぬ」
 光利が優美な仕草で振り向いた。
 口調や物腰のやわらかさとは対照的に鋭い視線が泉水に注がれている。
「単刀直入に申し上げる。実は今回の泰雅どのの怪我は、当方の責任にござる」
「―」
 あまりにも直裁に言われ、泉水は眼を見開いた。
―あの剣の使い方は、直心陰流、尾張藩にはあの剣を使う者は多いと聞いている
 泰雅の言葉がありありと蘇る。
 暴漢に襲われ、右腕を負傷して帰ったその日、泰雅は言った。泰雅を襲った曲者は直心陰流を使い、その流派は今、尾張藩内で流行している。また、藩主の光利自身がその直心陰流のかなりの遣い手だとも言っていた。
 ゆえに、泉水もその時、泰雅を襲ったのが尾張藩の者ではないかと疑念を抱いたのだ。

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