胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第17章 予期せぬ客人
それが町中である日、ばったりと出逢い、料理屋に呑みに入ったところ、すっかり意気投合した。そこは互いに大っぴらにはできないが、お忍びで市中を歩き回っていたのだ。以来、共にお忍びで出かけ、食事をしたり、呑んだりしたことが何度があった。
「榊原どのと共に遊んだのは今から考えれば、ほんの数度にすぎぬが、なかなかの切れ者と評判どおり、侮れぬ男であった。世間では、泰雅どのを女好きの放蕩者と思うておるが、あれは真のあの男の姿ではない。いずれ、皆もそれを思い知ることになろうて」
光利はそう言い置いてから、笑った。
「これは奥方の前で失礼なことを申し上げたかな」
「いいえ」
泉水は小さくかぶりを振った。
「私も藩主になってから国許にいることが多くなり、榊原どのとは、もう五年近く逢っておらぬ。いや、返す返すもあの頃が懐かしいものよ」
「これは公にはされてはおらぬことゆえ、この場で申し上げるのはどうかとは存じますが、上さまがお倒れになったとお聞き致しました。やはり、尾張さまが次の将軍におなりあそばされるのでございますか」
「―ホウ、面白きことを訊ねるものだな。この私に真っ向からそのようなことをあからさまに問うてくるとは」
「尾張さまを次の公方さまにとのお望みの方々も多いと申します」
「さあ、それはどうかな」
光利は妖艶な笑みを浮かべると、小首を傾げた。女の泉水でさえ、膚が粟立つような色香が溢れている。
「少なくとも、当の私自身は将軍職になぞ、何の興味もない。回りの者どもの思惑は知らぬが、この泰平の世にあって、将軍なぞ誰がなったとて世は変わるまい。私にとっては幕府よりは父祖より受け継いだ尾張一国の方がよほど大事。藩主の座についてまだたったの三年、藩内にはなさねばならぬことは山積みになっている。それらを一つ一つ片付けてゆくだけでも私には荷が重いというに、何を好んで更に重い荷物を背負いたいと思おうか」
光利は小さな吐息を洩らした。
「さりながら、将軍になれば、何でも思うがままになるというのなら、なってみても良い」
「―」
その科白の意味を計りかねる泉水に、光利が流し目をくれた。
「榊原どのと共に遊んだのは今から考えれば、ほんの数度にすぎぬが、なかなかの切れ者と評判どおり、侮れぬ男であった。世間では、泰雅どのを女好きの放蕩者と思うておるが、あれは真のあの男の姿ではない。いずれ、皆もそれを思い知ることになろうて」
光利はそう言い置いてから、笑った。
「これは奥方の前で失礼なことを申し上げたかな」
「いいえ」
泉水は小さくかぶりを振った。
「私も藩主になってから国許にいることが多くなり、榊原どのとは、もう五年近く逢っておらぬ。いや、返す返すもあの頃が懐かしいものよ」
「これは公にはされてはおらぬことゆえ、この場で申し上げるのはどうかとは存じますが、上さまがお倒れになったとお聞き致しました。やはり、尾張さまが次の将軍におなりあそばされるのでございますか」
「―ホウ、面白きことを訊ねるものだな。この私に真っ向からそのようなことをあからさまに問うてくるとは」
「尾張さまを次の公方さまにとのお望みの方々も多いと申します」
「さあ、それはどうかな」
光利は妖艶な笑みを浮かべると、小首を傾げた。女の泉水でさえ、膚が粟立つような色香が溢れている。
「少なくとも、当の私自身は将軍職になぞ、何の興味もない。回りの者どもの思惑は知らぬが、この泰平の世にあって、将軍なぞ誰がなったとて世は変わるまい。私にとっては幕府よりは父祖より受け継いだ尾張一国の方がよほど大事。藩主の座についてまだたったの三年、藩内にはなさねばならぬことは山積みになっている。それらを一つ一つ片付けてゆくだけでも私には荷が重いというに、何を好んで更に重い荷物を背負いたいと思おうか」
光利は小さな吐息を洩らした。
「さりながら、将軍になれば、何でも思うがままになるというのなら、なってみても良い」
「―」
その科白の意味を計りかねる泉水に、光利が流し目をくれた。