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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第17章 予期せぬ客人

 そんな泰雅をして、〝女狂い〟と人は蔑んだけれど、中には泰雅が見かけどおりの軽佻浮薄な若者ではないと云う者もいた。
―榊原の若造は、あれでなかなかの切れ者ぞ。
 飄々とした態度の裏に時折垣間見せる鋭さや理知的な判断、醒めた双眸はけして軽薄なだけの遊び人のものではなかった。
 だが、大方の人々は泰雅の本性を見抜くことはなく、ただ上辺だけを見ているに過ぎなかった。〝無類の女好き〟であり遊び人というのが、榊原泰雅に対する世間の一般的な評価であった。
 だが、泉水は泰雅のそんな姿は、何故か本当の彼ではないような気がしてならない。泉水を娶ってから後は女狂いも治まり、泰雅は屋敷にいることも多くなった。領地の支配に心を砕いたり、領民たちの声にも積極的に耳を傾けている。それまで泰雅をただの女狂いとしか見ていなかった者たちは、泉水が泰雅を変えたのだと思っているけれど、けしてそんなことはない。
 彼等は、遊び人の泰雅が仮の姿であることを知らなかっただけなのだ。では、何故、泰雅がそのような仮面を強いて被る必要があったのか。そこが今一つ解せぬ点である。そのことを、泉水は長い間、疑問に思ってきたのだ。光利の云う〝泰雅にまつわる秘密〟というのは、もしや、その理由に重大な拘わりがあるのではないだろうか。
「そうか、やはり、そなたもまだ何も聞かされてはおらぬのだな。奥方、榊原どのが奥方にさえ話してはおらぬことを私がそなたに話すべきではない。それは直接に、榊原どのに訊ねるが良かろう」
 光利は依然として庭を見つめたまま、静かな声で言った。
「今後は、こたびのような不祥事が二度と起こらぬように、私がここで約束致そう。奥方には余計な心配をかけた。榊原どのに逢えなかったのは残念だが、くれぐれもよろしくと伝えてくれ」
「わざわざのお見舞い、心よりお礼申し上げまする」
 光利が立ち上がる。泉水は平伏してそれを見送った。踵を返そうとした光利がふと立ち止まった。
「奥方のような妻を得て、榊原どのは果報者だな」
 振り返りもせず呟くと、そのまま足早に歩き去った。

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