胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第17章 予期せぬ客人
「この部屋はいささか淋しすぎはすまいかの?」
河嶋ほどの高位の奥女中ともなれば、特別に居室を与えられている。控えの間に詰めていた河嶋付きの若い腰元が泉水の急なおなりを知り、狼狽えた。それを眼顔で制しそっと襖を開けると、いささか殺風景にも思える室内が見渡せた。
整然と整えられた部屋は、いかにも几帳面な河嶋の性格をよく表してはいたが、女性のものにしては少し飾り気がなさ過ぎる。
けして根は悪い人間ではないのだけれど、とりつく島がないというのか、気難しげな外見で随分と損をしているのではないかと、泉水はいつもそんな風に見ていた。
泰雅もまた肉親の縁(えにし)は薄い生い立ちである。父泰久とは十二歳で死別、その幼さで家督を継いだ。母景容院は今もって健在ではあるが、泰久逝去と同時に屋敷を出て、今は隠居所として新たに建てた別邸で暮らしている。つまり、泰雅は十二歳で両親と離れたことになる。父とは死別、母親は健在でありながら離れ暮らさなければならなくなった。
何故、景容院が家督を継いだばかりの幼い我が子を残し、屋敷を去ったのか。泉水には理解できなかった。当時、泰雅は元服を終えたばかりの少年であった。支えとなる父を喪ったときこそ、母である景容院が傍にいて代わりに後見となるべきなのに、景容院が取った行動は我が子を見捨てるに等しいことであった。
そんな泰雅を景容院に代わって育て上げたのが、河嶋であった。河嶋は一度、榊原家の重臣に嫁いだものの、離縁、婚家に残してきた一人息子は幼少時に早世したという。河嶋にとってもまた泰雅は我が子に等しい存在であったろう。泉水にとって時橋が心の中で母と呼ぶ存在であるように、泰雅には河嶋が母代わりであったに違いない。
が、時橋と河嶋は全く対照的であった。すべにおいて女性的で、何もかもを包み込むような大らかさのある時橋と、いつも毅然と前を向いて立つ峻険な山のような河嶋。河嶋には近づく者を怖じ気づかせ、怯ませるような険しさがある。それでも、話してみれば意外に理解力もあるし、固いばかりの女ではない。
それどころか、融通の利く性格といった方が良いだろう。若い腰元たちは河嶋を随分と怖れているようだが、泉水は河嶋が気難しげな外見どおりの人間ではないと知っているゆえ、怖くはない。むしろ、泰雅を育てた人として感謝と尊敬に近い念を抱いていた。
河嶋ほどの高位の奥女中ともなれば、特別に居室を与えられている。控えの間に詰めていた河嶋付きの若い腰元が泉水の急なおなりを知り、狼狽えた。それを眼顔で制しそっと襖を開けると、いささか殺風景にも思える室内が見渡せた。
整然と整えられた部屋は、いかにも几帳面な河嶋の性格をよく表してはいたが、女性のものにしては少し飾り気がなさ過ぎる。
けして根は悪い人間ではないのだけれど、とりつく島がないというのか、気難しげな外見で随分と損をしているのではないかと、泉水はいつもそんな風に見ていた。
泰雅もまた肉親の縁(えにし)は薄い生い立ちである。父泰久とは十二歳で死別、その幼さで家督を継いだ。母景容院は今もって健在ではあるが、泰久逝去と同時に屋敷を出て、今は隠居所として新たに建てた別邸で暮らしている。つまり、泰雅は十二歳で両親と離れたことになる。父とは死別、母親は健在でありながら離れ暮らさなければならなくなった。
何故、景容院が家督を継いだばかりの幼い我が子を残し、屋敷を去ったのか。泉水には理解できなかった。当時、泰雅は元服を終えたばかりの少年であった。支えとなる父を喪ったときこそ、母である景容院が傍にいて代わりに後見となるべきなのに、景容院が取った行動は我が子を見捨てるに等しいことであった。
そんな泰雅を景容院に代わって育て上げたのが、河嶋であった。河嶋は一度、榊原家の重臣に嫁いだものの、離縁、婚家に残してきた一人息子は幼少時に早世したという。河嶋にとってもまた泰雅は我が子に等しい存在であったろう。泉水にとって時橋が心の中で母と呼ぶ存在であるように、泰雅には河嶋が母代わりであったに違いない。
が、時橋と河嶋は全く対照的であった。すべにおいて女性的で、何もかもを包み込むような大らかさのある時橋と、いつも毅然と前を向いて立つ峻険な山のような河嶋。河嶋には近づく者を怖じ気づかせ、怯ませるような険しさがある。それでも、話してみれば意外に理解力もあるし、固いばかりの女ではない。
それどころか、融通の利く性格といった方が良いだろう。若い腰元たちは河嶋を随分と怖れているようだが、泉水は河嶋が気難しげな外見どおりの人間ではないと知っているゆえ、怖くはない。むしろ、泰雅を育てた人として感謝と尊敬に近い念を抱いていた。