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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第17章 予期せぬ客人

「それは―」
 河嶋が口ごもった。
「もちろん、お優しい母君さまでいらっしゃいました」
 いつもの河嶋らしくない、まるで芝居の科白を棒読みしているかのような口調だ。母親思いの優しい子、子をひたすら思う慈しみ深い母。その母がなにゆえ、家督を継いだばかりの幼い我が子を残し、屋敷を出たのか。
「河嶋、私には、どうしても解せぬのじゃ。何故、そのお優しい景容院さまがわずか十二歳の殿を一人この屋敷に置いて、別邸に移り住まれたのか。今日、私はさるお方から、殿には重大な秘密があると聞かされた。その秘密というのは、何なのか。私は知りたい。殿をご誕生のときからお育てしたそなたならば、その秘密とやらを存じておるのではないか、河嶋。もし知っているのなら、私には隠さずに教えて欲しい」
 河嶋は無言だった。
「のう、河嶋。私はまだ嫁いで日も浅いが、殿の妻であることに変わりはない。妻として、殿を叶う限りお支えしたいと思うておる。世の人は殿を遊び好きの放蕩者なぞと申すが、殿はけして、そのようなお人ではない。あのようなおふるまいをなされてきたのには、何か理由があるように思えてならぬのじゃ」
「殿がお変わりになられてしもうたのは、家督をお継ぎになってからのことにござります。そう、十五におなりの頃からでこざいましょうか。それまでは、むしろ生真面目なほどのお方で、武芸と学問以外に打ち込まれるのみの日々、女性に関しても潔癖な面をお持ちでした」
 泰雅が屋敷内の若い腰元に次々に手を付け始めたのが、丁度その頃だとは聞いていた。
 では、その頃に泰雅を根底から変えるような―何かがあったとでもいうのだろうか。
「お変わりになられた、その真の理由とやらは、そなたにすら判らぬというのか?」
 河嶋は何かに耐えるような表情で端座していた。
「しかとは判りませぬ。さりながら、恐らくはご出生に関することがその原因ではないかと拝察仕ります」
「殿の―ご出生?」
 泉水は予期せぬ話の展開に大いに戸惑った。
「一体、どういうことなのじゃ? 殿のご誕生に関して何か秘密があるとでも申すのか?」

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