
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第2章 《戸惑う心》
良人から見向きもされぬお陰で、槇野の実家で暮らしていたときと変わらない気随気ままな生活ができるとむしろ内心歓んでいたのだ。
泰雅と寝所を共にすることがないのも、かえって安堵していた。たとえ良人とはいえ、身も知らぬ男に触れられるなぞと想像したたげでも、恐怖で身がすくんでしまいそうだったから。
「だが、そなたが槇野の姫だというのならば、話は別だ」
強い眼で見つめてくる泰雅に、泉水は首を振った。
「何が別なのですか? 私はこれまでどおりで構いませぬ。あなたさまは―殿は今までのようにお好きな女性の許へお行きになられれば良いではありませんか。私は私で―」
泉水は皆まで言うことができず、手首を掴んだ強い力に悲鳴を上げた。
「そなたは真にそれで良いと申すのか? 俺は、ひと月前、秋月に絡まれていた町人の母子を助けたそなたを見た時、ひとめで惚れた。自分の身の危険も顧みず、無防備にも数人の大の男の立ち向かってゆくなぞ、並の女にはできることではない。ただ可愛い外見に惹かれただけでなく、心意気に惚れた。俺の相手にした女の中には美しい女は星の数ほどもいたが、そのような向こう見ずな女はいなかったからな。こんな娘もいるのかと、まさに眼から鱗が落ちた気がしたぞ」
泉水は手首を掴まれた痛みに顔をしかめた。
「は、放して」
訴えてみても、泰雅は一向に手を放そうとはしない。
「そなたは俺が嫌いなのか? もう二度と顔も見たくないと申すのか?」
「いやっ」
泰雅は、なおも顔を覗き込もうとする。泉水は力一杯、泰雅の身体を向こうへ突いた。
泉水は後を振り返りもせず、その場から走り去った。
涙が堰を切ったようにとめどなく溢れ、頬をつたい落ちる。信じられなかった。信じたくなかった。あの一途に恋い慕った優しい男が良人泰雅であったなんて。
これは、きっと何かの間違いで、自分は悪い夢を見ているだけなのだと思いたい。
やっとの想いで部屋までたどり着くと、時橋が案じ顔で出迎えた。
泰雅と寝所を共にすることがないのも、かえって安堵していた。たとえ良人とはいえ、身も知らぬ男に触れられるなぞと想像したたげでも、恐怖で身がすくんでしまいそうだったから。
「だが、そなたが槇野の姫だというのならば、話は別だ」
強い眼で見つめてくる泰雅に、泉水は首を振った。
「何が別なのですか? 私はこれまでどおりで構いませぬ。あなたさまは―殿は今までのようにお好きな女性の許へお行きになられれば良いではありませんか。私は私で―」
泉水は皆まで言うことができず、手首を掴んだ強い力に悲鳴を上げた。
「そなたは真にそれで良いと申すのか? 俺は、ひと月前、秋月に絡まれていた町人の母子を助けたそなたを見た時、ひとめで惚れた。自分の身の危険も顧みず、無防備にも数人の大の男の立ち向かってゆくなぞ、並の女にはできることではない。ただ可愛い外見に惹かれただけでなく、心意気に惚れた。俺の相手にした女の中には美しい女は星の数ほどもいたが、そのような向こう見ずな女はいなかったからな。こんな娘もいるのかと、まさに眼から鱗が落ちた気がしたぞ」
泉水は手首を掴まれた痛みに顔をしかめた。
「は、放して」
訴えてみても、泰雅は一向に手を放そうとはしない。
「そなたは俺が嫌いなのか? もう二度と顔も見たくないと申すのか?」
「いやっ」
泰雅は、なおも顔を覗き込もうとする。泉水は力一杯、泰雅の身体を向こうへ突いた。
泉水は後を振り返りもせず、その場から走り去った。
涙が堰を切ったようにとめどなく溢れ、頬をつたい落ちる。信じられなかった。信じたくなかった。あの一途に恋い慕った優しい男が良人泰雅であったなんて。
これは、きっと何かの間違いで、自分は悪い夢を見ているだけなのだと思いたい。
やっとの想いで部屋までたどり着くと、時橋が案じ顔で出迎えた。
