胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第18章 秘密
《巻の参―秘密―》
次の日、泉水は時橋を伴に、町中の榊原家の別邸を訪ねた。言わずと知れた泰雅の母景容院の住まいである。
その日も泰雅は朝から登城して、留守であった。
先触れを出すこともなく突然のおとないではあったけれど、泉水は息子の妻、いわば世間的にいえば嫁であった。流石に門前払いをするわけにもゆかなかったものか、ひとまずは来客用らしい小座敷に通される。
随分と長い刻をそこで費やすことになった。一刻を過ぎて、そろそろ時橋の方が〝いかに何でも、この扱いはちと無礼すぎるのではありませぬか〟と苛立ちを隠しきれなくなってきた。
その頃、漸く衣擦れの音をさせて、景容院が現れた。紫の打掛には金糸、銀糸で扇面が縫い取られている。下に合わせた小袖は石竹色。景容院は既に良人を亡くしているので切り下げ髪のご後室姿であった。武家の未亡人の正式な姿である。
愕くほど泰雅の容貌を彷彿とさせ、流石は母子だと思わずにはいられない。既に四十二歳のはずだが、まだ三十代と言っても差し支えのないみずみずしさを保っていた。大輪の花のような派手やかな美貌であり、ご後室姿がかえって臈長けた色香をそこはかとなく滲み出している。到底、二十六になる息子がいるとは思えない若さだ。
「景容院さまにはご機嫌麗しく何よりと拝察存じ上げます。本日は拝顔の栄を賜り、心より御礼申し上げまする」
景容院とは婚儀の日に一度だけ対面したはずだが、生憎、白綾の綿帽子を目深に被った花嫁には良人の母の顔を見ることもできなかった。むろん、対面の儀とはいっても、ごく儀礼的、しかもわずかな時間しか取られていない。あれでは、互いにろくに顔を見ることもできず、今日が初対面といっても過言ではない。
「まぁ、これは珍しきお客人をお迎えすることになったものよの」
景容院は疎ましそうな素振りも見せず、むしろ泉水を歓迎するかのようにご機嫌であった。手を付いて挨拶する泉水を、眼を細めて眺めている。
次の日、泉水は時橋を伴に、町中の榊原家の別邸を訪ねた。言わずと知れた泰雅の母景容院の住まいである。
その日も泰雅は朝から登城して、留守であった。
先触れを出すこともなく突然のおとないではあったけれど、泉水は息子の妻、いわば世間的にいえば嫁であった。流石に門前払いをするわけにもゆかなかったものか、ひとまずは来客用らしい小座敷に通される。
随分と長い刻をそこで費やすことになった。一刻を過ぎて、そろそろ時橋の方が〝いかに何でも、この扱いはちと無礼すぎるのではありませぬか〟と苛立ちを隠しきれなくなってきた。
その頃、漸く衣擦れの音をさせて、景容院が現れた。紫の打掛には金糸、銀糸で扇面が縫い取られている。下に合わせた小袖は石竹色。景容院は既に良人を亡くしているので切り下げ髪のご後室姿であった。武家の未亡人の正式な姿である。
愕くほど泰雅の容貌を彷彿とさせ、流石は母子だと思わずにはいられない。既に四十二歳のはずだが、まだ三十代と言っても差し支えのないみずみずしさを保っていた。大輪の花のような派手やかな美貌であり、ご後室姿がかえって臈長けた色香をそこはかとなく滲み出している。到底、二十六になる息子がいるとは思えない若さだ。
「景容院さまにはご機嫌麗しく何よりと拝察存じ上げます。本日は拝顔の栄を賜り、心より御礼申し上げまする」
景容院とは婚儀の日に一度だけ対面したはずだが、生憎、白綾の綿帽子を目深に被った花嫁には良人の母の顔を見ることもできなかった。むろん、対面の儀とはいっても、ごく儀礼的、しかもわずかな時間しか取られていない。あれでは、互いにろくに顔を見ることもできず、今日が初対面といっても過言ではない。
「まぁ、これは珍しきお客人をお迎えすることになったものよの」
景容院は疎ましそうな素振りも見せず、むしろ泉水を歓迎するかのようにご機嫌であった。手を付いて挨拶する泉水を、眼を細めて眺めている。