胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第18章 秘密
「殿は殊の外、泉水どのをお気に召されたご様子、大切な方を一度お見せして欲しいとわらわが頼みましたが、一向に見せては下さいませなんだ。大方、外の風にも当てたくはないと思し召されておいでにござりましょう」
泉水が男姿で町中を徘徊しているなぞとは、ゆめにも考えてはおらぬ景容院である。
泉水の背後に控えている時橋は、その言葉に思うところあったらしく、笑いを噛み殺しているのが判った。
泉水はコホンと小さな咳払いをし、横目で時橋を睨んだ。
「おや、いかがされましたか。夏風邪でも召されたかの」
「いえ」
景容院に訝しげに問われ、泉水は慌てて居住まいを正した。
「今日は義母(はは)上さまにお訊ね致したき儀がございまして、こうしてまかり超しました次第」
「ホウ、この母に何を訊きたいと申されるのであろう?」
「殿のご幼少の頃のお話を是非ともお聞かせ頂きたいのでございます」
「―」
景容院はこれは予想外の頼みであったらしく、美しい眉をこころもちひそめた。
「そのような話であらば、わらわよりも河嶋に訊いた方が良いのではないかの」
「いいえ、殿のお母君は何と申しても景容院さまにございます。河嶋は所詮は乳母、実の母君さまならではの殿のお小さい頃の想い出話がお伺いできるものと愉しみにして参りました」
「そなたも存じてはおられようが、わらわが榊原の屋敷を出て、ここに移り住んだは泰雅どのが十二のときのことじゃ。以来、泰雅どのとわらわは離れて暮らして参った。そんな母に今更、何を語れと申すのやら」
先刻までの機嫌の良さはどこへやら、まるで突き放したかのような冷淡な態度である。
「それとも、そなたは、わらわに皮肉か当てこすりでも申しに参ったというのか? すべては泰雅どのの指図か? 泰雅どのの童の頃の話を聞きたいなぞと申して、わらわが何も応えられぬことをあざ笑いに来おったか」
笹紅を塗った鮮やかな唇が小刻みにわなないている。相当に怒っているようだ。
「帰れ、疾く帰るが良い。そなたに話すことなぞ何もない。それほどに泰雅どのの話を聞きたくば、あの忠義者の乳母に訊ねるが良いのじゃ」
声を荒げる景容院に、泉水はひたとまなざしを注いだ。
泉水が男姿で町中を徘徊しているなぞとは、ゆめにも考えてはおらぬ景容院である。
泉水の背後に控えている時橋は、その言葉に思うところあったらしく、笑いを噛み殺しているのが判った。
泉水はコホンと小さな咳払いをし、横目で時橋を睨んだ。
「おや、いかがされましたか。夏風邪でも召されたかの」
「いえ」
景容院に訝しげに問われ、泉水は慌てて居住まいを正した。
「今日は義母(はは)上さまにお訊ね致したき儀がございまして、こうしてまかり超しました次第」
「ホウ、この母に何を訊きたいと申されるのであろう?」
「殿のご幼少の頃のお話を是非ともお聞かせ頂きたいのでございます」
「―」
景容院はこれは予想外の頼みであったらしく、美しい眉をこころもちひそめた。
「そのような話であらば、わらわよりも河嶋に訊いた方が良いのではないかの」
「いいえ、殿のお母君は何と申しても景容院さまにございます。河嶋は所詮は乳母、実の母君さまならではの殿のお小さい頃の想い出話がお伺いできるものと愉しみにして参りました」
「そなたも存じてはおられようが、わらわが榊原の屋敷を出て、ここに移り住んだは泰雅どのが十二のときのことじゃ。以来、泰雅どのとわらわは離れて暮らして参った。そんな母に今更、何を語れと申すのやら」
先刻までの機嫌の良さはどこへやら、まるで突き放したかのような冷淡な態度である。
「それとも、そなたは、わらわに皮肉か当てこすりでも申しに参ったというのか? すべては泰雅どのの指図か? 泰雅どのの童の頃の話を聞きたいなぞと申して、わらわが何も応えられぬことをあざ笑いに来おったか」
笹紅を塗った鮮やかな唇が小刻みにわなないている。相当に怒っているようだ。
「帰れ、疾く帰るが良い。そなたに話すことなぞ何もない。それほどに泰雅どのの話を聞きたくば、あの忠義者の乳母に訊ねるが良いのじゃ」
声を荒げる景容院に、泉水はひたとまなざしを注いだ。