胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第18章 秘密
「義母上さま、泰雅さまの出生の秘密というのは一体、何なのでございますか?」
ここまで来ては、最早まどろっこしいことは言ってはいられない。泉水は直裁に景容院に疑問をぶつけた。
泰雅を産んだこの女性こそ、その出生にまつわるという秘密を知る人のはずなのだ。
「泰雅どのの―出生にまつわる秘密とな」
虚をつかれたような表情が刹那、歪んだ。
それは、あたかも泣いているようにも見える顔だった。
「殿はもう随分と長い間、お苦しみになられていたのだと思います。お義母上さまは、〝女狂い〟とまで云われた殿の放蕩ぶりが真からのものだとお考えでいらっしゃいましたか? 私は殿の御事はまだ何も知りません。一年余りも共に夫婦として暮らしながら、殿は何か掴みどころのない不思議なところがおありなのです。すぐお側にいるのに、何をお考えになっているのか判らない、表面はいかにも愉しげに笑っておられるのに、眼だけはしんと冷めておられる―。それでも、殿がお苦しみになられていることだけは判りました。何か―それが何かは私にも判りかねますが、殿は何ものかより逃げるために、遊び好きの放蕩者という仮面を被らなければならなかったのではないでしょうか。そして、それが、殿のご出生に関する秘密から来るものだとしたら―。義母上さま、私は妻として殿をお救い申し上げたい。いえ、お救いするなぞと偉そうなことは申しません。ただ、そのお心を少しでも軽くして差し上げたい、お苦しみを取り除けるものならば取り除いて差し上げたい。ただ、それだけなのです」
泉水はその場に改めて手をつき、深々と頭を垂れた。
「お願いでございます。どうか、真のことをお聞かせ下さりませ。殿のお苦しみの因(もと)とは一体、何なのでございますか?」
景容院がつと立ち上がる。
泉水がつられて顔を上げる。その前を横切り、景容院は開け放した障子戸の向こうの縁側に佇んだ。
座敷から一望できる中庭には、鉄線の花が揺れている。濃紫の凛とした佇まいの花が初夏の陽差しに眩しく映えていた。
「このような話、わらわの生命尽きて、この身が塵芥(ちりあくた)と化すまで、誰にも話すことはないと思うておったに」
景容院は低い声で呟いた。
耳を澄ませていなければ、聞き漏らしてしまいそうなほど、消え入りそうな声だ。
ここまで来ては、最早まどろっこしいことは言ってはいられない。泉水は直裁に景容院に疑問をぶつけた。
泰雅を産んだこの女性こそ、その出生にまつわるという秘密を知る人のはずなのだ。
「泰雅どのの―出生にまつわる秘密とな」
虚をつかれたような表情が刹那、歪んだ。
それは、あたかも泣いているようにも見える顔だった。
「殿はもう随分と長い間、お苦しみになられていたのだと思います。お義母上さまは、〝女狂い〟とまで云われた殿の放蕩ぶりが真からのものだとお考えでいらっしゃいましたか? 私は殿の御事はまだ何も知りません。一年余りも共に夫婦として暮らしながら、殿は何か掴みどころのない不思議なところがおありなのです。すぐお側にいるのに、何をお考えになっているのか判らない、表面はいかにも愉しげに笑っておられるのに、眼だけはしんと冷めておられる―。それでも、殿がお苦しみになられていることだけは判りました。何か―それが何かは私にも判りかねますが、殿は何ものかより逃げるために、遊び好きの放蕩者という仮面を被らなければならなかったのではないでしょうか。そして、それが、殿のご出生に関する秘密から来るものだとしたら―。義母上さま、私は妻として殿をお救い申し上げたい。いえ、お救いするなぞと偉そうなことは申しません。ただ、そのお心を少しでも軽くして差し上げたい、お苦しみを取り除けるものならば取り除いて差し上げたい。ただ、それだけなのです」
泉水はその場に改めて手をつき、深々と頭を垂れた。
「お願いでございます。どうか、真のことをお聞かせ下さりませ。殿のお苦しみの因(もと)とは一体、何なのでございますか?」
景容院がつと立ち上がる。
泉水がつられて顔を上げる。その前を横切り、景容院は開け放した障子戸の向こうの縁側に佇んだ。
座敷から一望できる中庭には、鉄線の花が揺れている。濃紫の凛とした佇まいの花が初夏の陽差しに眩しく映えていた。
「このような話、わらわの生命尽きて、この身が塵芥(ちりあくた)と化すまで、誰にも話すことはないと思うておったに」
景容院は低い声で呟いた。
耳を澄ませていなければ、聞き漏らしてしまいそうなほど、消え入りそうな声だ。