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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第18章 秘密

 家宗公は先代将軍の第三子として生まれ、二十四歳で将軍職に就いた。以来、在職四十年近くを経ている。就任時は積極的に政治に取り組み、英明な青年将軍として名を馳せたものの、齢を重ねるにつれ、すべてに関心を失い、ただ惰性的に日々を過ごすだけになってしまった。その中には、折角儲けた四人の公子をすべて喪ってしまったという不幸もあったろう。家宗公の息子たちは皆、十歳に達するまで生きた者はいなかった。
 既に六十二歳になりながら、一向に隠居する気もなく、かといって、世子を定めようともしなかった。そんな家宗公の一連の行動の裏に、我が血のつながりし子に将軍職を―という儚い希望が存在したことを、泰雅は知らない。ひとたびは諦めた我が子に将軍職を譲るという夢を家宗公が再び抱き始めたのは、やはり泰雅の存在のせいに他ならなかった。
 逢う毎に聡明に逞しく成長する我が子の姿に、家宗公は、一度はおさめたはずの望みを抑えることができなくなったのだ。
 何としてでも、我が子に将軍の座を譲りたい。その想いがして、今日までずるずると跡目問題を引き延ばしにしてきたのだといえる。将軍とて人の親だ。我が血を引く息子に跡目を譲りたいと考えても不思議はない。
 ただ、将軍はただ人とは違う。市井に生きる者ならば、それでも良かろうが、将軍たる者はまず己れの個人的な感情よりも国や民草のことを優先先に考えねばならない。
 家宗公は、その最も大切な将軍―人の上に立つ者としての心得を忘れていた。そこに、問題が生じた。
「確かに、男子として生まれたれば、国のために上さまのおんために身命を賭して働くのは至極当然のことにごさいますな。阿倍どののお言葉、今後は肝に銘じたいと存じます。さりながら、その前のお話の方はやはり無かったことにして頂きとうございます。私も何も聞かなかった、阿倍どのも私に一切お話しにならなかった―、そういうことにございます」
泰雅はそう言うと、定親に頭を頭を下げた
 話は済んだというように立ち上がる。
 大股に座敷を横切ってゆく長身の背に、阿倍の声が追いかけてきた。
「どうあっても、お心は変わらぬと?」

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