胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第18章 秘密
「阿倍どの。私の器云々はともかく、やんごとなき方の落とし種なぞ、所詮は厄介な代物だけです。現在、上さま直系のお血筋は伊達家に嫁がれた耐姫さま以外にはおられぬことになっておりまする。それが、ある日突然、降って湧いたようにご落胤と称する輩が現れたとしたら、この国はどうなりましょう。かえって動乱が起き、国が分裂する怖れがある。落胤なぞ、本来はただ目障りなだけの存在。謀反を企む者どもには担ぎ上げる恰好の旗印となるが、それは単に国を乱す因になるにすぎませぬ」
泰雅は静かな声音で言った。
「やはり、私の思っていたとおりのお方でしたな。あなたは予想以上に英邁なお方だ、榊原どの」
定親が感に堪えぬように言うと、泰雅はうっすらと微笑した。
「逃げるだけの臆病者とそしられようと、私は愛する者と安らかに生きて参りたいと願うております。国のことも大事ではございますが、国の基本は領地、まずは我が領地や領民のことを第一に考え、男として良人として妻や家を守りたいと存じます」
「そう申せば、榊原どのは昨年、ご正室をお迎えになられたそうにごさいますな。奥方は勘定奉行槙野どののご息女とか。槙野どのも実直そうに見えて、あれでなかなか食えぬ御仁にござれば」
定親ほどの男にそうまで評されるとは、流石は舅どのだ―と、泰雅は妙なところで最愛の妻の父の名を持ち出され、納得する。
「あれほど多くの女性との恋の噂が絶えなかった榊原どのがまるで羊のように大人しうなったと、城中でも専らの評判にございますぞ。艶聞家で名高い榊原どのの心をそこまで射止めた女性とあらば、さぞかしと皆、好き心をかき立てられておりまする。くれぐれも横取りされぬようにご用心なされませ」
定親の思わぬ軽口に、泰雅は声を立てて笑った。それまで張り詰めていた緊張がふっと緩み、和やかな空気が生まれる。
「羊とはまた、情けないたとえられようにございますなあ。ご忠告、ありがたく拝聴し、せいぜい気をつけると致しましょう」
泰雅は笑顔で一礼し、踵を返した。
誰もいなくなった座敷で、定親は一人溜息を吐く。
「あれほどの器を持ちながら、真に惜しいものだ。世が世なら、何の支障もなく将軍の地位に昇られる御身でありながら」
泰雅は静かな声音で言った。
「やはり、私の思っていたとおりのお方でしたな。あなたは予想以上に英邁なお方だ、榊原どの」
定親が感に堪えぬように言うと、泰雅はうっすらと微笑した。
「逃げるだけの臆病者とそしられようと、私は愛する者と安らかに生きて参りたいと願うております。国のことも大事ではございますが、国の基本は領地、まずは我が領地や領民のことを第一に考え、男として良人として妻や家を守りたいと存じます」
「そう申せば、榊原どのは昨年、ご正室をお迎えになられたそうにごさいますな。奥方は勘定奉行槙野どののご息女とか。槙野どのも実直そうに見えて、あれでなかなか食えぬ御仁にござれば」
定親ほどの男にそうまで評されるとは、流石は舅どのだ―と、泰雅は妙なところで最愛の妻の父の名を持ち出され、納得する。
「あれほど多くの女性との恋の噂が絶えなかった榊原どのがまるで羊のように大人しうなったと、城中でも専らの評判にございますぞ。艶聞家で名高い榊原どのの心をそこまで射止めた女性とあらば、さぞかしと皆、好き心をかき立てられておりまする。くれぐれも横取りされぬようにご用心なされませ」
定親の思わぬ軽口に、泰雅は声を立てて笑った。それまで張り詰めていた緊張がふっと緩み、和やかな空気が生まれる。
「羊とはまた、情けないたとえられようにございますなあ。ご忠告、ありがたく拝聴し、せいぜい気をつけると致しましょう」
泰雅は笑顔で一礼し、踵を返した。
誰もいなくなった座敷で、定親は一人溜息を吐く。
「あれほどの器を持ちながら、真に惜しいものだ。世が世なら、何の支障もなく将軍の地位に昇られる御身でありながら」