胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第19章 すれちがい
今の泰雅は領地の政務に心を向け、良き領主たらんと努力している。泰雅の実の父家宗公も五ヵ月前に亡くなり、今は新しく将軍となった家利公の治世だ。最早、泰雅も将軍家の世嗣問題に煩わされることなく、榊原家の当主として、一領主として心穏やかに日々を過ごすことができた。
そして、その傍には、いつも愛する女がいて、泰雅を見守っている。泉水さえ、いれば、他の女は要らない。泰雅にとって泉水は掌中の玉であり、至宝であった。その想いは日々、深くなってゆく。どんなことが起ころうと、この女だけは自分を裏切らない、また、何があっても、自分はこの女を手放しはしない。
泉水の眩しい笑顔を見つめる度、泰雅は思うのだった。だが、時折、泉水を腕に抱いていても、ふっといなくなりそうな―、朝、めざめたときには、この女が淡雪のように儚く消えているのではないか。
そんな埒もない不安を感じるようになったのは、いつの頃からだったろう。
その夜、泉水はいつものように泰雅を寝所に迎えた。初めて結ばれて以来、泰雅は毎夜のように決まって脚を運ぶ。泉水にとっては、良人を閨に迎えるのは、いつまで経っても慣れぬことに変わりはない。
いや、むしろ、膚を合わせれば合わせるほどに、夜が来るのが少しでも遅ければ良いと思うようになった。泉水には元々、潔癖なところがある。泉水を誕生の砌から育ててきた乳母の時橋にもよく〝もう少し殿にお甘えなされては〟と勧められるというか、たしなめられるのだ。
しかし、泉水には、泰雅に素直に甘えるとうことができない。ましてや、閨の中でしなだれかかったり、ねだり事をしたりするのは絶対に嫌で、そのようなふるまいに及ぶのは、およそ側妾のする行為だ、はしたないことだと思い込んでいる。
自分の感情や想いを素直に吐露するのと、しなだれかかるのでは全く意味合いが異なるのだけれど、十八の泉水には、まだ、その相違が判らない。
その日、泉水は朝から気分が優れなかった。寝不足のせいか、めざめたときから頭痛がして、夕刻になっても治らなかった。この頃、泰雅は閨の中で常軌を逸しているのではないか―と思うときがある。
そして、その傍には、いつも愛する女がいて、泰雅を見守っている。泉水さえ、いれば、他の女は要らない。泰雅にとって泉水は掌中の玉であり、至宝であった。その想いは日々、深くなってゆく。どんなことが起ころうと、この女だけは自分を裏切らない、また、何があっても、自分はこの女を手放しはしない。
泉水の眩しい笑顔を見つめる度、泰雅は思うのだった。だが、時折、泉水を腕に抱いていても、ふっといなくなりそうな―、朝、めざめたときには、この女が淡雪のように儚く消えているのではないか。
そんな埒もない不安を感じるようになったのは、いつの頃からだったろう。
その夜、泉水はいつものように泰雅を寝所に迎えた。初めて結ばれて以来、泰雅は毎夜のように決まって脚を運ぶ。泉水にとっては、良人を閨に迎えるのは、いつまで経っても慣れぬことに変わりはない。
いや、むしろ、膚を合わせれば合わせるほどに、夜が来るのが少しでも遅ければ良いと思うようになった。泉水には元々、潔癖なところがある。泉水を誕生の砌から育ててきた乳母の時橋にもよく〝もう少し殿にお甘えなされては〟と勧められるというか、たしなめられるのだ。
しかし、泉水には、泰雅に素直に甘えるとうことができない。ましてや、閨の中でしなだれかかったり、ねだり事をしたりするのは絶対に嫌で、そのようなふるまいに及ぶのは、およそ側妾のする行為だ、はしたないことだと思い込んでいる。
自分の感情や想いを素直に吐露するのと、しなだれかかるのでは全く意味合いが異なるのだけれど、十八の泉水には、まだ、その相違が判らない。
その日、泉水は朝から気分が優れなかった。寝不足のせいか、めざめたときから頭痛がして、夕刻になっても治らなかった。この頃、泰雅は閨の中で常軌を逸しているのではないか―と思うときがある。