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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第19章 すれちがい

 昼間はこれまでと変わりなく、穏やかで優しいのに、夜になると別人のように変化する。泉水がいくら嫌がっても、赤面してしまうような姿態をさせたりする。そして、それをあくまでも拒むと、たちまち不機嫌になり、更に容赦なくなるのだ。
 昨夜も仰向けになった泰雅の上にまたがれと命じてきたのを拒絶したら、憮然とした顔になった。ひとたび機嫌を損ずると、泰雅の行為は愛撫というよりは陵辱といった方が良いものになる。昨夜は一晩中、脚腰も立たぬほど朝まで責め苛まれた。
 そんな時、泉水はその場から逃げ出したい衝動に駆られる。まるで泉水のよく知る良人ではない、どこかの見知らぬ男に組み敷かれているように思えた。
 泰雅が変わったのがいつの頃からか、泉水には、しかとは判らない。以前には、体調が優れぬといえば、一人でゆるりと寝(やす)めとすんなり許してくれたこともあったのだ。初めの頃は、閨の中でも気遣いや労りを忘れぬ良人であったはずなのに、いつからこんな風になったのか。
 いや、それは、もしかしたら、泉水自身にも責任があるかもしれない。良人と過ごす一夜を、泉水はどうしても心愉しいものに思えない。どんなに努力してみても、泰雅に触れられると、身体が固くなってしまう。
 身体中のあちこちを執拗にまさぐられる度に、どうしてこんなことをしなければならないのか、何故、こんな想いをしてまで、無意味な行為をしなければならないのかと思えてならない。
 そう、泉水にとっては、男と膚を合わせるという行為のすべてが全く意味のない、空疎なものに感じられた。その背景には、結婚一年半を経ても、いまだに子宝を授からないといったこともあるにはあったろう。
 しかし、それとは全く別に、泉水自身が閨の中で行われる一切の行為に否定的な想いしか抱けないという現実があった。幾度、共に夜を過ごしても一向になびこうとはせぬ―いや、むしろ、共に過ごす夜を重ねれば重ねるほどに頑なに心も身体も閉ざす妻に、泰雅が次第に苛立ちを憶えるようになったとしても不思議はない。
 だが、それは泉水にもいかんともしがたいことであった。泰雅への思慕は今も何ら変わることはない。良人として泰雅は申し分なく、夜に豹変することを除けば、優しく、時に他愛のない戯れ言を口にしては泉水を笑わせる機知に富んだ人柄は十分に魅力的であった。

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