胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第3章 《囚われた蝶》
陽は翳り、蒼い空には不気味な暗雲が立ちこめている。いつしか白い花はかき消すようになくなり、辺りはただ荒れた土塊(つちくれ)だけがひろがっていた。
青い葉を隙間なく茂らせていた大樹はすべて葉を落とし、痩せ衰えた枯れ木へと変じている。その下で泰雅が女を抱いていた。こちらからは女の後ろ姿しか見えないが、泰雅が烈しく突き上げる毎に、女の解き流した黒髪が妖しく揺れ、女は淫らな声を上げる。
―止めて、そんなものを私に見せないで。
泉水は声を限りに叫んだ。
泰雅が他の女を抱いているところなぞ、見たくもなない。
刹那、泉水は悟った。自分はあの男をやはり愛しているのだ。どうしようもない女好きのあの男に惚れている。恐らくは初めて出逢ったその瞬間から、泰雅同様、泉水も泰雅に恋をした。そう、多分、それが真実。
だから、こんなにも妖しく胸の奥がざわめく。泰雅が他の女を腕に抱いていると考えただけで、涙が溢れてくる。
真実をいつまでも隠しおおせるものではない。けれど、どうしたら良い? 泰雅を愛しているのは確かだけれど、あんな風にぎらついた眼をして近づいてくる男を怖いと感じるのもまた事実なのだ。
好きなのに、受け容れられない。
泰雅を心底から怖いと思わずにはおれない。
―私は、どうしたら良い?
泣きながら叫んだところで、目覚めた。
部屋の中は行灯の明かりも消え、物の文目が判らぬほどの暗闇に包まれている。
どうやら夢を見ていたようだ。ひそかに想いを寄せていたあの男が良人榊原泰雅であったという過酷な事実を知り得てから、まだ丸一日も経ってはいない。
泣き疲れて眠ってしまった泉水が再び目覚めたのは、既に夕刻であった。それから時橋が運んできた夕餉にも殆ど手を付けず、湯浴みを終えた後は早々と床に入った。
が、仮寝が長すぎたものか、いっかな眠りは訪れない。眼だけが冴えて悶々と幾度も床の中で寝返りを打ったのを憶えている。そんなことを繰り返している中に、知らぬ間に微睡みに落ちたらしい。その束の間、奇妙な夢を見たようであった。
青い葉を隙間なく茂らせていた大樹はすべて葉を落とし、痩せ衰えた枯れ木へと変じている。その下で泰雅が女を抱いていた。こちらからは女の後ろ姿しか見えないが、泰雅が烈しく突き上げる毎に、女の解き流した黒髪が妖しく揺れ、女は淫らな声を上げる。
―止めて、そんなものを私に見せないで。
泉水は声を限りに叫んだ。
泰雅が他の女を抱いているところなぞ、見たくもなない。
刹那、泉水は悟った。自分はあの男をやはり愛しているのだ。どうしようもない女好きのあの男に惚れている。恐らくは初めて出逢ったその瞬間から、泰雅同様、泉水も泰雅に恋をした。そう、多分、それが真実。
だから、こんなにも妖しく胸の奥がざわめく。泰雅が他の女を腕に抱いていると考えただけで、涙が溢れてくる。
真実をいつまでも隠しおおせるものではない。けれど、どうしたら良い? 泰雅を愛しているのは確かだけれど、あんな風にぎらついた眼をして近づいてくる男を怖いと感じるのもまた事実なのだ。
好きなのに、受け容れられない。
泰雅を心底から怖いと思わずにはおれない。
―私は、どうしたら良い?
泣きながら叫んだところで、目覚めた。
部屋の中は行灯の明かりも消え、物の文目が判らぬほどの暗闇に包まれている。
どうやら夢を見ていたようだ。ひそかに想いを寄せていたあの男が良人榊原泰雅であったという過酷な事実を知り得てから、まだ丸一日も経ってはいない。
泣き疲れて眠ってしまった泉水が再び目覚めたのは、既に夕刻であった。それから時橋が運んできた夕餉にも殆ど手を付けず、湯浴みを終えた後は早々と床に入った。
が、仮寝が長すぎたものか、いっかな眠りは訪れない。眼だけが冴えて悶々と幾度も床の中で寝返りを打ったのを憶えている。そんなことを繰り返している中に、知らぬ間に微睡みに落ちたらしい。その束の間、奇妙な夢を見たようであった。