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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第19章 すれちがい

 泰雅の手が帯にかかった。こういった女性の扱いは、実に心得ている。流石に〝今光源氏〟と呼ばれ、数え切れぬほどの女性と浮き名を流しただけはある。左手で器用に帯を解きながら、顔を近付けてくる。しっとりとした唇で唇を塞がれた。呼吸さえできぬような、狂おしいほどの貪るような口づけがしばらく続く。
 その間にも、泰雅の手はするすると泉水の帯をほどき、襟許をくつろげた。その弾みに、白いふくよかな乳房が零れ落ち、泰雅は歓喜の叫び声を上げた。漸く長い口づけから解放されたかと思えば、すぐに乳房を吸われ、泉水の身体中の膚が粟立つ。
 泰雅は泉水の胸中なぞ頓着せず、夢中で薄桃色の先端を口に含んでいる。泉水の眼に涙が滲んだ。
―何故、何故―。
 こんな想いをしなければならないのか。泉水の想いは、いつもその一つに還ってゆく。
 泰雅はいつでも泉水の心なぞ思いやることもなく、身体を求め抱こうとする。いくら嫌だと訴えても、聞く耳を持たず、許してくれない。泰雅の望みどおりに応じなければ、更にそれ以上に責め苛まれる。
 もう一年半も前のことになるけれど、初めて結ばれた夜もこれと似たようなことがあった。ひとめ惚れした泉水が〝妻〟だと判った泰雅は、泉水の寝所にこっそりと忍び入ってきた。
 泉水はあの夜も愕き、泣いて、いやがった。いくら惚れた男にだとて、手込めも同然に抱かれるのには抵抗があった。そのことが原因で、泉水は泰雅が信じられなくなり、一時は実家に逃げ帰ることになった。が、泰雅は迎えにきて、心から謝罪した。
―俺には、お前が必要なんだ。
 直截に告白され、泉水は良人と共に榊原の屋敷に帰った。ただ、今の心境とあの頃と決定的に違うのは、以前は泰雅と過ごす夜が未知のものであったということだ。
 初めての夜こそ手込めにされたのも同じ行為ではあったけれど、次からは閨の中で泰雅は優しく労ってくれ、壊れ物を扱うように扱った。それがいつからか歯車が少しずつかみ合わなくなっていったのだ。
 今、泉水はもう思い出せぬほど幾多の夜を泰雅と共に過ごした。もう、何も知らぬ無垢な少女ではない。

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