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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第19章 すれちがい

 が、かえって、男に幾度も抱かれたことで、泉水はその行為の、情事の果てにある空しさを知ってしまった。こんなことをして何になるのか。いつしか、良人と過ごす夜は泉水にとって苦悶しかもたらさず、泉水は夜の訪れを疎ましく思うどころか、恐怖すら憶えるようになった。今夜もまた、泰雅のお渡りがあるのだ―と考えただけで、身がすくんだ。
 泉水は自分が少し世の並の女と違っていることにも気付いている。大抵の女は惚れた男に抱かれるのを歓びと受け止め、苦痛だなぞとは考えない。
 恐らく、自分はどうかしているのだろうとも思う。それは哀しいことだ。泉水も自分がごく普通の、好きな男と過ごす一夜を至福のものだと感じられるような女であればと幾度願ったかしれない。しかし、当の泉水にも、なすすべがないのだった。
 要するに、今の泉水は男と過ごす夜がどんなものかを知っている。その上で、世の人が〝愛の営み〟とか呼ぶ睦まじい行為に烈しい嫌悪感を抱かずにはおれないのだった。
 泉水の胸は元々、豊かで形も良い。泰雅のお気に入りの部分でもあり、夜毎、手で包み込んだり揉みしだいたり、吸ったりと執拗な愛撫が延々と続く。泉水にとっては地獄の責め苦を与えられているような長い時間でもある。
 今夜も波打つ桃色の乳房を吸い続ける男の頭が胸の上に覆い被さっていた。溢れる涙をこらえ切れず、雫がひと粒ぽろりと落ちた。
 その刹那、泉水は衝動的に泰雅の頭を両手で押しのけていた。
「いやっ」
 思わず洩らしてしまった叫び声に、泰雅が憮然とした顔で見つめる。
「一体、どうしたのだ」
 泉水は唇を噛みしめ、うなだれた。
「申し訳ございませぬ」
 再び泰雅の貌が近付いてくる。
 泉水は、それを遮るように上半身を起こした。
 泰雅の端整な面に一瞬、愕きの表情がよぎり、それはすぐに怒りに変わった。いつもなら床の中で従順な妻が突如として反撃したことが意外でもあり、腹立たしくもあったのだろう。
「一体、どうしたというのだ」
 同じ問いを繰り返されても、泉水はうつむいたままで、口を開こうとしない。涙が今にも溢れそうなのを、懸命に耐えていた。

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