
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第19章 すれちがい
「申し訳―ございません」
返す言葉は、それだけしかなかった。どれだけ詰られようと、罵られようと、いやなものはいやなのだ。もう、自分の心を偽り続けるのも限界が来ていた。
「そちは俺を馬鹿にしておるのか!?」
怒りのあまり、声がわなないている。
「いえ、そのようなことはけして―」
両手をついて頭を下げる泉水を、泰雅はしばらく冷たい眼で眺めていたが、やがて、泉水の右手を乱暴に掴み、グイと力任せに引っ張った。
「許さぬ、俺を拒否などさせぬ。泉水、そなたは俺のものだ。俺だけのものだ」
掴まれた手に更に力がこもる。まるで骨でも砕けそうなほどの力だ。
「痛い―」
泉水はあまりの痛さに悲鳴を上げた。
「泉水は俺のものだ」
うわ言のように呟く泰雅の表情は凄惨な翳りに彩られ、眼は何ものかに憑かれたような異様な輝きを放っている。
「お前は誰のものだ、申してみろ、おい、泉水」
言うことをきかぬ子どもに言い聞かせるように、泰雅が泉水の腕を握る手に力を徐々に込めながら問いかける。
「い、痛―。殿、腕が」
このままでは、泉水の華奢な腕なぞすぐに折れてしまうだろう。烈しい痛みに泉水がまた、悲鳴を上げた時、襖が開いた。
「お方さま?」
泉水の乳母時橋が蒼白な顔で立っていた。
「お方さまッ!?」
時橋は悲鳴とも絶叫ともつかぬ声を上げ、女主人に駆け寄った。
「殿、お方さまに一体何をなさるおつもりでございますか?」
「そなたを呼んだ憶えはない。無礼な、下がれッ」
泰雅が癇性に叫ぶ。
だが、時橋は自らを楯にして泉水を庇うように、その前にうずくまり、平伏した。
「殿、どうか今宵だけはお許し下さりませ。お方さまは、今日は朝からずっと本当にご気分が優れないでいらっしゃるのです。ですから、どうか今宵だけは」
時橋が額を畳にこすりつけんばかりにして言上する。
返す言葉は、それだけしかなかった。どれだけ詰られようと、罵られようと、いやなものはいやなのだ。もう、自分の心を偽り続けるのも限界が来ていた。
「そちは俺を馬鹿にしておるのか!?」
怒りのあまり、声がわなないている。
「いえ、そのようなことはけして―」
両手をついて頭を下げる泉水を、泰雅はしばらく冷たい眼で眺めていたが、やがて、泉水の右手を乱暴に掴み、グイと力任せに引っ張った。
「許さぬ、俺を拒否などさせぬ。泉水、そなたは俺のものだ。俺だけのものだ」
掴まれた手に更に力がこもる。まるで骨でも砕けそうなほどの力だ。
「痛い―」
泉水はあまりの痛さに悲鳴を上げた。
「泉水は俺のものだ」
うわ言のように呟く泰雅の表情は凄惨な翳りに彩られ、眼は何ものかに憑かれたような異様な輝きを放っている。
「お前は誰のものだ、申してみろ、おい、泉水」
言うことをきかぬ子どもに言い聞かせるように、泰雅が泉水の腕を握る手に力を徐々に込めながら問いかける。
「い、痛―。殿、腕が」
このままでは、泉水の華奢な腕なぞすぐに折れてしまうだろう。烈しい痛みに泉水がまた、悲鳴を上げた時、襖が開いた。
「お方さま?」
泉水の乳母時橋が蒼白な顔で立っていた。
「お方さまッ!?」
時橋は悲鳴とも絶叫ともつかぬ声を上げ、女主人に駆け寄った。
「殿、お方さまに一体何をなさるおつもりでございますか?」
「そなたを呼んだ憶えはない。無礼な、下がれッ」
泰雅が癇性に叫ぶ。
だが、時橋は自らを楯にして泉水を庇うように、その前にうずくまり、平伏した。
「殿、どうか今宵だけはお許し下さりませ。お方さまは、今日は朝からずっと本当にご気分が優れないでいらっしゃるのです。ですから、どうか今宵だけは」
時橋が額を畳にこすりつけんばかりにして言上する。
