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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第19章 すれちがい

「フン、果たして、それが真のことかな? 一昨日までは月の障りとか申して数日間夜伽を務めず、やっと終わったと思えば、今度は頭痛だと? それほどまでに都合よく夜伽を拒む言い訳ができるものなのか。大方、今宵の頭痛というのもそなたら二人で示し合わせて考えたものであろうが。それとも、月の障りであったというのも真っ赤な偽りと申すか? ま、確かめたわけでもないゆえ、判らぬが、このようなことなら、構わず抱いておけば良かったわ」
 憎々しげに言い放つのに、泉水は最早、何を言う気にもなれなかった。
 あまりに酷い科白であった。
「殿、それは、あまりなおっしゃり様にございます」
 時橋が流石に気色ばんで食ってかかる。
 泰雅はしばらく烈しい眼で泉水を睨んでいたかと思うと、〝もう良いッ〟と怒鳴り声を上げ踵を返した。
 その際、足許にあった枕を蹴立て、枕が弾みで勢い余って転がっていった。
 ピシャリと襖を閉める荒々しい音に続いて、腹立ちを表すかのような脚音が次第に遠ざかってゆく。
 泉水は涙の滲んだ眼で転がった枕を見つめていた。
「お方さま」
 時橋が気遣わしげに声をかけてくる。
 泉水は小さく首を振った。
「私なら、大丈夫じゃ。案ずるには及ばぬ」
 そう言う傍らから、大粒の涙が頬をつたい、畳を濡らす。
「殿は本当にお変わりになられてしもうた。だが、それもすべては私が悪いのやもしれぬ。私がいつまでも殿を心から受け容れることができぬゆえ」
「そのようなことはございませぬ。お方さまがご自分をお責めにならるる必要はございませぬよ」
 時橋がとりなすように言うのに、泉水は淋しげに微笑んだ。
「時橋、そなただけは信じて欲しい。私の心は今でも変わらぬ。殿を、泰雅さまをお慕い申し上げておる」
 一人の男として。女として泰雅を愛している。だが、その愛の形は泰雅だけではなく、世の大方の人々には恐らくは受け容れて貰えぬだろう。
 愛しているならば、惚れているならば、何故、受け容れることができない? 身も心も惚れた男に差し出すことができないのだと人は言うだろう。

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