胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第20章 決別
《巻の弐―決別―》
泉水がめざめた時、泰雅はまだ深い眠りの底に沈んでいた。泉水は隣で熟睡している男に注意しながら、そっと身を起こす。
むき出しになった肩に回された手をそっと外す。泉水はむろんのこと、一糸まとわぬ姿であった。
十月も半ばを過ぎた夜更けの夜気が膚にひんやりとまとわりつく。その冷たさは泉水の膚を通して身体中にしみ渡り、芯まで凍えさせた。身体は情事の後のけだるさでまだ火照っていたが、心は裏腹に、しんと冷めていた。
心が寒い。誰でも良い、この冷え切った身体と心を温めてくれる人が欲しい。
泉水は無意識の中に立ち上がっていた。どこへと行く当てもなく、ただ歩いていた。
ふと気が付いた時、泉水が座っていたのは庭に面した縁側であった。泰雅と嵐のようなひとときを過ごした寝所の障子戸を開け、小庭を見渡せる濡れ縁に来ていたものらしい。
今宵は月もない闇夜とて、すべてのものが闇に沈み込んで定かではないけれど、ほのかに菊の香が漂っている。そういえば、庭の菊が今を盛りと咲いていたな、と、どこか上の空で思い出す。
その時、唐突に背後で声が響いた。
「このようなところにいたのか」
泉水のか細い身体が強ばる。
「めざめたら、そちがおらぬ。いずこに参ったのかと、心配したぞ?」
泉水は下を向いたまま、振り返ろうともしなかった。泰雅の手が肩にのせられた。
「さあ、そろそろ中に戻った方が良い。随分と身体が冷えておるではないか。俺が温めてやろう」
ふわりと掬い上げるように抱き上げられる。
泉水が思わず身をよじって逃れようとするのに、泰雅が顔を覗き込んだ。
「どうした、今宵の泉水は、いつになく可愛かったぞ。俺の腕の中であれだけ奔放に素直にふるまえたというに、まだ、そのように意地を張るのか? それとも、単に恥ずかしがっておるだけなのか?」
泉水はあまりの羞恥に、この場から消えてしまいたいと思った。
「さりながら、次のときからは、もう少しは声を小さくするように致せよ。さもなければ、流石にこの俺も外聞をはばかるからの。今宵も泉水があまりに声を洩らすゆえ、俺は気が気ではなかった。もっとも、乱れるそなたは可愛いがな」
泉水がめざめた時、泰雅はまだ深い眠りの底に沈んでいた。泉水は隣で熟睡している男に注意しながら、そっと身を起こす。
むき出しになった肩に回された手をそっと外す。泉水はむろんのこと、一糸まとわぬ姿であった。
十月も半ばを過ぎた夜更けの夜気が膚にひんやりとまとわりつく。その冷たさは泉水の膚を通して身体中にしみ渡り、芯まで凍えさせた。身体は情事の後のけだるさでまだ火照っていたが、心は裏腹に、しんと冷めていた。
心が寒い。誰でも良い、この冷え切った身体と心を温めてくれる人が欲しい。
泉水は無意識の中に立ち上がっていた。どこへと行く当てもなく、ただ歩いていた。
ふと気が付いた時、泉水が座っていたのは庭に面した縁側であった。泰雅と嵐のようなひとときを過ごした寝所の障子戸を開け、小庭を見渡せる濡れ縁に来ていたものらしい。
今宵は月もない闇夜とて、すべてのものが闇に沈み込んで定かではないけれど、ほのかに菊の香が漂っている。そういえば、庭の菊が今を盛りと咲いていたな、と、どこか上の空で思い出す。
その時、唐突に背後で声が響いた。
「このようなところにいたのか」
泉水のか細い身体が強ばる。
「めざめたら、そちがおらぬ。いずこに参ったのかと、心配したぞ?」
泉水は下を向いたまま、振り返ろうともしなかった。泰雅の手が肩にのせられた。
「さあ、そろそろ中に戻った方が良い。随分と身体が冷えておるではないか。俺が温めてやろう」
ふわりと掬い上げるように抱き上げられる。
泉水が思わず身をよじって逃れようとするのに、泰雅が顔を覗き込んだ。
「どうした、今宵の泉水は、いつになく可愛かったぞ。俺の腕の中であれだけ奔放に素直にふるまえたというに、まだ、そのように意地を張るのか? それとも、単に恥ずかしがっておるだけなのか?」
泉水はあまりの羞恥に、この場から消えてしまいたいと思った。
「さりながら、次のときからは、もう少しは声を小さくするように致せよ。さもなければ、流石にこの俺も外聞をはばかるからの。今宵も泉水があまりに声を洩らすゆえ、俺は気が気ではなかった。もっとも、乱れるそなたは可愛いがな」