
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第20章 決別
「―」
泉水は蒼白になった。あまりの衝撃に涙どころか、声さえ出ない。恥ずかしさに居たたまれなかった。そんな泉水の顔を泰雅は暗い歓びを宿した眼で見つめている。こうして女の身体が自分に馴じんできている事実を殊更、女の前に突きつけようとしているのだ。
そして、女がそのことに身も世もない心地になって恥じ入る様を陶然と見ている。悪趣味といえば悪趣味極まりないものであり、泉水はこれまで泰雅にこんな一面があることを知らなかった。
この時、初めて泉水の心に絶望的な予感がよぎった。泰雅と自分はもう本当に駄目かもしれない。
「いかがした、恥ずかしいのか、ん?」
上機嫌で泉水を見つめ、唇を重ねてこようとする泰雅から泉水は思わず顔を背けていた。
泰雅の唇の端が歪む。
泉水が抗ったので、泰雅は仕方なくといった様子で泉水を解放した。泰雅の腕から自由になった泉水を泰雅は依然として皮肉げな笑みを刻んだまま冷ややかに見つめている。
ふいに泉水の胸に、言い知れぬ哀しみが押し寄せた。
泉水はその場に端座した。きっちりと膝を揃えて座り、両手をつく。土下座して見上げる妻に向ける泰雅のまなざしは、どこまでも冷え切っていた。つい今し方までの上機嫌が嘘のようでもある。
近頃の泰雅は、このように感情の起伏が烈しい。それは、泉水が思いどおりにならぬ苛立ちからきていることに、流石に聡い泉水も気付いてはいない。また、泰雅も自分が女を束縛し、籠の中に閉じ込めておこうとすればするほど、女が束縛を嫌い、自由を求めて羽ばたこうともがくことに気が付かない。
一度もつれてしまった糸は、なかなかほどくことができないのは哀しい事実であった。
泉水は両手をついて土下座をした姿勢を続けた。
「もう、お許し下さいませ」
消え入るような声が呟きとなり、零れて散った。
泰雅が苛立ちと困惑の混ざった表情で眺め降ろす。
重たい沈黙が落ちた。
泰雅はしばらく無表情に泉水を見つめていた。先刻までの烈しさも冷ややかさも―およそ感情と呼べるものはすべて消し去り、ただ虚ろな瞳を妻に向けているだけであった。
泉水は蒼白になった。あまりの衝撃に涙どころか、声さえ出ない。恥ずかしさに居たたまれなかった。そんな泉水の顔を泰雅は暗い歓びを宿した眼で見つめている。こうして女の身体が自分に馴じんできている事実を殊更、女の前に突きつけようとしているのだ。
そして、女がそのことに身も世もない心地になって恥じ入る様を陶然と見ている。悪趣味といえば悪趣味極まりないものであり、泉水はこれまで泰雅にこんな一面があることを知らなかった。
この時、初めて泉水の心に絶望的な予感がよぎった。泰雅と自分はもう本当に駄目かもしれない。
「いかがした、恥ずかしいのか、ん?」
上機嫌で泉水を見つめ、唇を重ねてこようとする泰雅から泉水は思わず顔を背けていた。
泰雅の唇の端が歪む。
泉水が抗ったので、泰雅は仕方なくといった様子で泉水を解放した。泰雅の腕から自由になった泉水を泰雅は依然として皮肉げな笑みを刻んだまま冷ややかに見つめている。
ふいに泉水の胸に、言い知れぬ哀しみが押し寄せた。
泉水はその場に端座した。きっちりと膝を揃えて座り、両手をつく。土下座して見上げる妻に向ける泰雅のまなざしは、どこまでも冷え切っていた。つい今し方までの上機嫌が嘘のようでもある。
近頃の泰雅は、このように感情の起伏が烈しい。それは、泉水が思いどおりにならぬ苛立ちからきていることに、流石に聡い泉水も気付いてはいない。また、泰雅も自分が女を束縛し、籠の中に閉じ込めておこうとすればするほど、女が束縛を嫌い、自由を求めて羽ばたこうともがくことに気が付かない。
一度もつれてしまった糸は、なかなかほどくことができないのは哀しい事実であった。
泉水は両手をついて土下座をした姿勢を続けた。
「もう、お許し下さいませ」
消え入るような声が呟きとなり、零れて散った。
泰雅が苛立ちと困惑の混ざった表情で眺め降ろす。
重たい沈黙が落ちた。
泰雅はしばらく無表情に泉水を見つめていた。先刻までの烈しさも冷ややかさも―およそ感情と呼べるものはすべて消し去り、ただ虚ろな瞳を妻に向けているだけであった。
