
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第20章 決別
もし、その時、泉水がうつむいていなければ、その眼のあまりの暗さに愕いたに違いない。空(くう)を映すだけの双眸はゾッとするほど暗澹としており、あたかも無限の闇へと続いてゆくようでもあった。
気づまりな沈黙に押し潰されそうになった時、漸く泰雅が口を開いた。
「そんなに俺がいやなのか? 俺に抱かれるのがいやになったのか?」
切なさを帯びた口調で振り絞るように言う。そこには闘いに敗れた後のような男がいた。
泉水の眼に涙が滲む。叶うならば、こんな泰雅を見たくはなかった。こんな風に打ちひしがれた男を見ているのは切なすぎる。
―私たちは、どうして、こんな風になってしまったのだろう。
また、いつもの疑問が湧き上がってくる。
ほんの少し前、そう、たった半年前には、二人はまだ仲睦まじい夫婦であり、その寄り添い合う姿は、周囲の者さえ幸せな気分にさせるほど微笑ましいものだったのに。
運命の歯車は、どこでどう狂い始めたのか。
その時、唐突に運命(さだめ)という言葉が脳裡をよぎった。運命(さだめ)。こうなることは、もしかしたら、二人が出逢ったその瞬間から、決まっていたのかもしれない。愛し合い求め合い、互いに誰よりも必要としながらも、結局は相容れることのできない哀しい宿命だった。
それでも。
こんなにも二人をめぐる糸がもつれてしまっても、泉水はまだ泰雅に惚れている。だが、泰雅への想いとは全く別に、これ以上、男の傍にはいられないという気持ちが確かにある。
泰雅と共にいれば、泉水はこれからもずっと夜毎、このような忌まわしい想いに耐えなければならない。夜が来る度に、死んだ方がどれだけ楽かと思うほどの責め苦にあうのだ。
しかも、泉水の身体は彼女の気持ちや心とは相反して、男の愛撫に馴れつつある。泰雅は泉水がその苛酷な現実から眼を背けようとすればするほど、執拗に眼の前に突きつけてくるだろう。
そして、泉水にそれを認めさせようとするに相違ない。いや、そうなる前に、泉水の体の方が当の彼女自身を裏切るのではないか。心では男を拒否しつつも、身体だけは男の手にすんなりと順応し、脚を開こうとするのではないか。それは考えるだに、怖ろしく忌まわしいことであった。
気づまりな沈黙に押し潰されそうになった時、漸く泰雅が口を開いた。
「そんなに俺がいやなのか? 俺に抱かれるのがいやになったのか?」
切なさを帯びた口調で振り絞るように言う。そこには闘いに敗れた後のような男がいた。
泉水の眼に涙が滲む。叶うならば、こんな泰雅を見たくはなかった。こんな風に打ちひしがれた男を見ているのは切なすぎる。
―私たちは、どうして、こんな風になってしまったのだろう。
また、いつもの疑問が湧き上がってくる。
ほんの少し前、そう、たった半年前には、二人はまだ仲睦まじい夫婦であり、その寄り添い合う姿は、周囲の者さえ幸せな気分にさせるほど微笑ましいものだったのに。
運命の歯車は、どこでどう狂い始めたのか。
その時、唐突に運命(さだめ)という言葉が脳裡をよぎった。運命(さだめ)。こうなることは、もしかしたら、二人が出逢ったその瞬間から、決まっていたのかもしれない。愛し合い求め合い、互いに誰よりも必要としながらも、結局は相容れることのできない哀しい宿命だった。
それでも。
こんなにも二人をめぐる糸がもつれてしまっても、泉水はまだ泰雅に惚れている。だが、泰雅への想いとは全く別に、これ以上、男の傍にはいられないという気持ちが確かにある。
泰雅と共にいれば、泉水はこれからもずっと夜毎、このような忌まわしい想いに耐えなければならない。夜が来る度に、死んだ方がどれだけ楽かと思うほどの責め苦にあうのだ。
しかも、泉水の身体は彼女の気持ちや心とは相反して、男の愛撫に馴れつつある。泰雅は泉水がその苛酷な現実から眼を背けようとすればするほど、執拗に眼の前に突きつけてくるだろう。
そして、泉水にそれを認めさせようとするに相違ない。いや、そうなる前に、泉水の体の方が当の彼女自身を裏切るのではないか。心では男を拒否しつつも、身体だけは男の手にすんなりと順応し、脚を開こうとするのではないか。それは考えるだに、怖ろしく忌まわしいことであった。
