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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第20章 決別

 そうなった時、自分はどうなるか。多分、心と身体を真っ二つにされ、狂うだろう。正気を手放して狂ってしまえば、それはそれでいっそ楽なのかもしれない。
 しかし、今、冷静なもう一人の自分がしきりに囁く。そんな状態で、生きている意味はあるのか、ここにいれば、人としてそこまで堕ちてゆくことが判りながら、お前はまだここに踏みとどまろうとするのか、と。
 とりとめもない物想いに耽っていると、ふいに強く抱きしめられた。
「望むなら何でも与えてやる。願いがあれば、何なりと叶えよう。だから傍にいてくれ、けして俺の傍から離れるな」
 哀しげなほどの響きがこもる言葉だった。
 恐らく泰雅もまた、泉水の中にある切迫したものを敏感に感じ取っていたのだろう。
「愛している。俺にはお前が必要なんだ。だから、どこへも行かないと約束してくれ」
 泰雅は泉水のやわらかな胸に顔を埋め、声を震わせている。まるで母親に行かないでくれとせがむ幼児のようだった。
 泉水は男の頭をそっと腕に抱え込み、その髪に頬を押し当てた。かつて大好きだった男の匂い。この匂いに包まれると、親鳥の翼に包まれているような、守られているのだという安心感を憶えられたのだ。
 でも、もう泉水にとっては、遠い匂いになってしまった。
 泉水の瞳に新たな涙が湧く。

 朝が来て、泰雅が表に戻っていった後、泉水は時橋に湯に浸かりたいと言った。肉欲の交わりで汚れ切った身体に我慢できなかったのだ。
 いつもなら朝風呂など使ったことのない泉水が急に妙なことを言い出したので、最初、時橋は愕いたようだ。しかし、泉水の泣き腫らした赤い眼を見て何かを感じたのか、何も言わず、すぐに腰元に湯殿の支度を整えさせた。
 まだほの暗い湯殿の中に、白い湯げむりが立ち込めている。その白い靄の向こうに、儚げな裸身が浮かび上がった。まるで露に打たれた花のような風情であったが、けして貧弱ではなく、むしろ豊満な身体やなめらかな白い膚は、十八という娘から女へとうつろう盛りの色香が溢れんばかりに漂っている。

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