胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第1章 《槇野のお転婆姫》
気がかりであったのは槇野家の跡目のことではあったけれど、父源太夫は泉水の心中を思いやってか、婿を取る云々についての話は一切することはなかった。ところがである。
世の中にはいつの時代にも物好きというか、奇特な人がいるもので、その物の怪憑きと評判の姫を妻にと申し込んできた人物があった。それが良人となった榊原(さかきばら)泰(やす)雅(まさ)であっる。榊原家は無役ではあるが、初代家康公以来の譜代の名門で由緒ある家柄、しかも五千石取りの直参である。当主の泰雅は二十五歳、若いけれど英邁な人物として定評があった。しかも、泰雅の生母は当代の公方さまの姪に当たる。将軍家とも血続きの男でもあった。
縁組みとしては願ってもないものだった。槇野源太夫はこの際、婿養子を迎えるのを諦め、一人娘を他家に嫁がせることに決めた。物の怪憑きと囁かれる娘に、この先、これほどの良縁があるとは思えなかった。娘の将来の幸せを考えれば、槇野家の存続よりも嫁に出す方を優先したのである。
幸いにも側室腹ではあるが、源太夫は長男にも恵まれた。一子虎松丸はつつがなく成長している。泉水が榊原家に嫁しても、槇野の跡目は虎松丸に継がせれば良い。
ただ、一つだけというか、この泰雅に関してはとかくの風評があった。というのは、無類の女好きというものだった。屋敷の侍女に片端から手をつけるだけでは済まず、吉原遊廓通いはむろん、巷を堂々と徘徊し、若い女と見れば町人の娘、武家娘を問わず触手を伸ばす―と芳しからぬ噂が立っている。
果たして、その噂がどこまで真実なのかは判らなかったけれど、この縁談は当の榊原家からというよりは畏れ多くも公方さまより仰せいだされたものだと聞き、謹厳実直な父源太夫などは感涙にむせぶほど有難がった。
要するに、現実としては、稀代の好き者といういわくつきの男と男をとり殺すという不幸な星の下に生まれた物の怪憑きの姫、つまり常人ならば皆避けて通りたがるひと組の男女をこの際、まとめてしまおうと公方さまが粋な(?)お計らいをなさったわけだ。
とはいえ、いくら上さまおん直々のお達しではあれ、当の泉水が望まぬ限り、源太夫にはこの縁談を進める気はない。源太夫は娘を自室に呼び、その意思を確かめることにした。
世の中にはいつの時代にも物好きというか、奇特な人がいるもので、その物の怪憑きと評判の姫を妻にと申し込んできた人物があった。それが良人となった榊原(さかきばら)泰(やす)雅(まさ)であっる。榊原家は無役ではあるが、初代家康公以来の譜代の名門で由緒ある家柄、しかも五千石取りの直参である。当主の泰雅は二十五歳、若いけれど英邁な人物として定評があった。しかも、泰雅の生母は当代の公方さまの姪に当たる。将軍家とも血続きの男でもあった。
縁組みとしては願ってもないものだった。槇野源太夫はこの際、婿養子を迎えるのを諦め、一人娘を他家に嫁がせることに決めた。物の怪憑きと囁かれる娘に、この先、これほどの良縁があるとは思えなかった。娘の将来の幸せを考えれば、槇野家の存続よりも嫁に出す方を優先したのである。
幸いにも側室腹ではあるが、源太夫は長男にも恵まれた。一子虎松丸はつつがなく成長している。泉水が榊原家に嫁しても、槇野の跡目は虎松丸に継がせれば良い。
ただ、一つだけというか、この泰雅に関してはとかくの風評があった。というのは、無類の女好きというものだった。屋敷の侍女に片端から手をつけるだけでは済まず、吉原遊廓通いはむろん、巷を堂々と徘徊し、若い女と見れば町人の娘、武家娘を問わず触手を伸ばす―と芳しからぬ噂が立っている。
果たして、その噂がどこまで真実なのかは判らなかったけれど、この縁談は当の榊原家からというよりは畏れ多くも公方さまより仰せいだされたものだと聞き、謹厳実直な父源太夫などは感涙にむせぶほど有難がった。
要するに、現実としては、稀代の好き者といういわくつきの男と男をとり殺すという不幸な星の下に生まれた物の怪憑きの姫、つまり常人ならば皆避けて通りたがるひと組の男女をこの際、まとめてしまおうと公方さまが粋な(?)お計らいをなさったわけだ。
とはいえ、いくら上さまおん直々のお達しではあれ、当の泉水が望まぬ限り、源太夫にはこの縁談を進める気はない。源太夫は娘を自室に呼び、その意思を確かめることにした。