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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第21章 新しい生活

 元々、父が〝女子にしておくのは惜しい姫よ〟と嘆いたほど、向学心の旺盛な姫であった。村の幼い子らに簡単な読み書き、算術を指南するのは造作もないことである。泉水の返事を聞いた村長は殊の外歓んだ。
 江戸からも離れた片田舎の村には、貧しいその日暮らしの百姓ばかりが肩を寄せ合うようにして暮らしている。親はいくら子どもに教育をつけてやりたくとも、習わせる金もないし、第一、田舎の村に寺子屋など、たいそうなものはない。
 ましてや、読み書きの満足にできる大人がいない有り様である。皆、生きてゆくことに必死で、学問なぞ二の次になってしまう。
 村長を務めて三十年という老爺は、既に六十を過ぎているという。村長いわく、自分は少々なら読み書きはできないこともないが、何分歳を取りすぎていて、今になって子どもに物を教えることも億劫だと、苦笑いしていた。何より、数年前に患ったそこひ(眼病)のせいで、視力の衰えも著しく、文字がろくに見えない。
 誰か多少なりとも読み書きのできる若い者がいれば―と、村の年寄り連中が集まると、その話になっていたそうだ。むろん、この仕事は毎日というわけではない。
 子どもたちは小さな村では、大切な働き手でもある。毎日、大人と共に田畑に出て汗を流しつつ農作業をしているのだ。そのため、せいぜいが二、三日に一度村長の家に集まり、一刻ほどの間、泉水の指南を受けることができれば良かった。
 干ばつなどで秋の収穫がなかったときには、年頃の娘は女衒に売られ、江戸に連れてゆかれるという。この村では多くの娘たちがまだ年端もゆかぬ十一、二歳の頃から金のために売られていった。
 多くは江戸の遊廓や女郎屋に売られ、わずかな借金のかたに数年から十年ほどの長い年季奉公を余儀なくされる。晴れて年季明けで自由の身となるまで生きのびる女は殆どいない。何故なら、多くが客を取らされるだけ取らされ、身体を酷使して途中で病気になったりして死んでしまうからだ。
 この話を聞いて、泉水の心は沈んだ。男の慰みものになる辛さは泉水とて知らぬわけではない。それが嫌で、婚家を出てきたのだ。
 しかし、たった一人の男に欲しいままにされるのと、名も知らぬゆきずりの男の手から男へと日に何度も慰みものにされる辛さとは比べものにならないだろう。

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