胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第21章 新しい生活
といっても、毎日居ついているわけではなく、二、三日いたかと思うと、どこかへ姿を消し、また、戻ってくるといったことの繰り返しである。泉水はこの猫を〝くろ〟と呼び、篤次は〝のら〟と呼んでいる。この泉水呼ぶところの〝くろ〟は、実に気ままな猫で、泉水の家に滞在中は泉水からきっちりと、しかも、たらふく餌を貰っていた。
「そう言えば、篤次さん、篤次さんのところのギンがまた、くろを苛めてましたよ」
泉水はすり寄ってきたくろを抱き上げると、肩をすくめた。〝ギン〟というのは、篤次の家の飼い犬だ。篤次は、この家族同様の愛犬を繋いでいるときもあるが、普段から殆ど放し飼いにしている。時折、隣の泉水の住まいまで散歩にくるのは良いのだけれど、運悪く、くろと衝突しようものなら、この二匹はすぐに喧嘩を始める。
が、仲が悪いのかと思えば、存外に仲良く遊んでいることもあって、実のところ、仲が良いのか悪いのか判らない。ギンという名は、泉水の住んでいる家の前の樹―銀杏の実、つまりギンナンが大の好物なので、この名がついたという、これまた、変わり者の犬である。
「おい、ギン、弱い者苛めをしちゃア、駄目だといつも言い聞かせてるだろう?」
いつのまにか、篤次の脚許にちゃっかりと座っているギンに、篤次が声をかける。
ワンと、ギンが行儀良く返事をするかのごとく、吠えた。
「おい、のら、お前もいっぱしの男なら、女になんか負けるなよ?」
泉水の腕に抱かれている黒猫の頭を人差し指でつつくと、猫は甘えるように泉水の胸に顔を押しつけた。この黒猫、可愛らしい外見からは雌のように見えるが、実は雄であり、犬のギンはその大きな体軀、強面に似合わず、何と雌(!)である。
黒猫がミャーと甘えた声を上げ、泉水の胸に顔をこすりつけるのを見、篤次は何故か面白くない。
いくら男とはいえ、相手は猫だ。何も悋気する必要はないだろうと思うものの、こんな時、自分も猫になれたら―なぞと、つい考えてしまうのは、やはり、篤次も男だからに違いなかった。
むろん、そんなけしからぬ想いはおくびにも出さず、篤次は泉水と顔を見合わせ、ひとしきり笑い合った。半月前、初めて見たときには翳りの濃かった泉水の顔も今では随分と明るくなった。
「そう言えば、篤次さん、篤次さんのところのギンがまた、くろを苛めてましたよ」
泉水はすり寄ってきたくろを抱き上げると、肩をすくめた。〝ギン〟というのは、篤次の家の飼い犬だ。篤次は、この家族同様の愛犬を繋いでいるときもあるが、普段から殆ど放し飼いにしている。時折、隣の泉水の住まいまで散歩にくるのは良いのだけれど、運悪く、くろと衝突しようものなら、この二匹はすぐに喧嘩を始める。
が、仲が悪いのかと思えば、存外に仲良く遊んでいることもあって、実のところ、仲が良いのか悪いのか判らない。ギンという名は、泉水の住んでいる家の前の樹―銀杏の実、つまりギンナンが大の好物なので、この名がついたという、これまた、変わり者の犬である。
「おい、ギン、弱い者苛めをしちゃア、駄目だといつも言い聞かせてるだろう?」
いつのまにか、篤次の脚許にちゃっかりと座っているギンに、篤次が声をかける。
ワンと、ギンが行儀良く返事をするかのごとく、吠えた。
「おい、のら、お前もいっぱしの男なら、女になんか負けるなよ?」
泉水の腕に抱かれている黒猫の頭を人差し指でつつくと、猫は甘えるように泉水の胸に顔を押しつけた。この黒猫、可愛らしい外見からは雌のように見えるが、実は雄であり、犬のギンはその大きな体軀、強面に似合わず、何と雌(!)である。
黒猫がミャーと甘えた声を上げ、泉水の胸に顔をこすりつけるのを見、篤次は何故か面白くない。
いくら男とはいえ、相手は猫だ。何も悋気する必要はないだろうと思うものの、こんな時、自分も猫になれたら―なぞと、つい考えてしまうのは、やはり、篤次も男だからに違いなかった。
むろん、そんなけしからぬ想いはおくびにも出さず、篤次は泉水と顔を見合わせ、ひとしきり笑い合った。半月前、初めて見たときには翳りの濃かった泉水の顔も今では随分と明るくなった。