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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第22章 散紅葉(ちるもみじ)

「良いか、必ずきちんと戸締まりをするんだぞ? 誰が来ても、戸を開けちゃならねえ」
 そう幾度も言い聞かせて帰ってきたのだが、自分一人の家に戻っても、後ろ髪を引かれる想いは一向に去らなかった。二人で心弾む時間を過ごした後では、尚更、男一人の家が侘びしく感じられる。さして広くもない家の中ががらんとして、いかにも寒々と見えた。
 もし、泉水が承知してくれるならば、二人で暮らしても良いとも思う。泉水がその気になるまで、男女の関係には強いてなろうとは思わない。ただ、泉水という女をいつも傍にいて感じ、その存在をこの眼で確かめられたなら、今の篤次には十分に思えた。
 篤次も男だから、好きな女を抱きたいという欲求は人並にある。しかし、惚れた女を哀しませてまで、無理強いしようとは思わないし、また、そんなことをしたくはなかった。
 泉水はどうやら訳ありのようで、良人か、またはそれに準ずる決まった男がいるのは確かではあったが、それでもなお、篤次は泉水と共に暮らしたい、叶うならば、これから先の生涯を共に歩いてゆきたいと考えるようになっていた。
 今度逢ったら、思い切って告白してみようか、そう思うと、現金なもので、沈んでいた心が瞬時に弾んでくる。
 篤次は期待と不安の入り混じった眼で囲炉裏の炎をじって見つめていた。時折、薪がはぜ、パチパチと火の粉が舞うのを考え深げなまなざしで追った。

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