胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第22章 散紅葉(ちるもみじ)
泉水は両手で顔を覆った。涙が込み上げてくる。どれくらいそうやって泣いていたか判らない、気が付くと、一糸まとわぬ身体はすっかり冷え切っている。
泉水は立ち上がり着物を身にまとい、帯を締めた。続きの板の間に行き、三和土に降りて、表の戸にしっかりと心張り棒がしてあるのを確認する。それで初めてひと心地ついたような気がして、改めて板の間に戻った。
囲炉裏には炎が勢いよく燃えている。温かな火の温もりに包まれていると、先刻の出来事が悪夢としか思えなかった。用心のために湯殿の小窓を閉めた方が良いとは判っていたが、今、あの場所に引き返す勇気はなかった。
しかし、湯殿の小窓は連子窓のような仕組みになっていて、大の男がそこから侵入することはまず不可能だ。今、無理に閉めにゆく必要はないと判断する。いくら悪い夢を見ていたのだと思おうとしても、あれは紛うことなき現実だと告げるもう一人の自分がいる。
眠りたい、二度と覚めることのない長い眠りの中に入ってゆけば、もう誰も追いかけてこないだろう。
急速な眠けが押し寄せてくる。心地良い温かさに包まれている中に、いつしか、うとうとと浅い微睡みの淵にいざなわれていった。
どれほどの間、眠ったであろう。ふと目覚めた時、囲炉裏の火は消えていた。部屋の内にまで外の冷気が忍び込んでいる。泉水はまだ眠気の残る頭で、ぼんやりと室内を見回す。
とにかくもう一度火を熾そうと、緩慢な動作で起き上がり、囲炉裏の傍までゆく。と、表の腰高障子がガタンと音を立てて、揺れた。そのほんの小さな音がやけに大きく夜陰に響いたように聞こえ、泉水は身をすくませた。
身じろぎもできないで固まったままでいると、更に何度か、たて続けに表の腰高が揺れる。今度は間違いなく外から何者かが揺さぶっている。泉水は愕きに身をいっそう強ばらせた。狼狽え、どうしたら良いのかも判らなかった。
咄嗟に身を隠すことを考えると、板の間とは続きになった六畳の部屋に備えついている押入れが眼に入った。その間にも、表の戸を揺さぶる音はずっと続き、曲者はなかなか開かない戸に苛立ち、力任せに押しているようだ。押しても開かないとみると、今度は蹴り始めたようで、物凄い音がしている。このままでは直に戸を蹴破られてしまう。
泉水は立ち上がり着物を身にまとい、帯を締めた。続きの板の間に行き、三和土に降りて、表の戸にしっかりと心張り棒がしてあるのを確認する。それで初めてひと心地ついたような気がして、改めて板の間に戻った。
囲炉裏には炎が勢いよく燃えている。温かな火の温もりに包まれていると、先刻の出来事が悪夢としか思えなかった。用心のために湯殿の小窓を閉めた方が良いとは判っていたが、今、あの場所に引き返す勇気はなかった。
しかし、湯殿の小窓は連子窓のような仕組みになっていて、大の男がそこから侵入することはまず不可能だ。今、無理に閉めにゆく必要はないと判断する。いくら悪い夢を見ていたのだと思おうとしても、あれは紛うことなき現実だと告げるもう一人の自分がいる。
眠りたい、二度と覚めることのない長い眠りの中に入ってゆけば、もう誰も追いかけてこないだろう。
急速な眠けが押し寄せてくる。心地良い温かさに包まれている中に、いつしか、うとうとと浅い微睡みの淵にいざなわれていった。
どれほどの間、眠ったであろう。ふと目覚めた時、囲炉裏の火は消えていた。部屋の内にまで外の冷気が忍び込んでいる。泉水はまだ眠気の残る頭で、ぼんやりと室内を見回す。
とにかくもう一度火を熾そうと、緩慢な動作で起き上がり、囲炉裏の傍までゆく。と、表の腰高障子がガタンと音を立てて、揺れた。そのほんの小さな音がやけに大きく夜陰に響いたように聞こえ、泉水は身をすくませた。
身じろぎもできないで固まったままでいると、更に何度か、たて続けに表の腰高が揺れる。今度は間違いなく外から何者かが揺さぶっている。泉水は愕きに身をいっそう強ばらせた。狼狽え、どうしたら良いのかも判らなかった。
咄嗟に身を隠すことを考えると、板の間とは続きになった六畳の部屋に備えついている押入れが眼に入った。その間にも、表の戸を揺さぶる音はずっと続き、曲者はなかなか開かない戸に苛立ち、力任せに押しているようだ。押しても開かないとみると、今度は蹴り始めたようで、物凄い音がしている。このままでは直に戸を蹴破られてしまう。