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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第22章 散紅葉(ちるもみじ)

 しかし、寝所に招いても、一向にその気にならない。以前の彼なら、考えられないことである。欲望を満たすだけならば、女なら誰でも良かったのだ。が、今では、泉水でなければ駄目なのだった。たとえ身体は反応しても、泉水以外の他の女を抱く気にはどうしてもなれないのだ。
 結局、寝所に伺候した腰元は顔を見ただけで、そのまま退がらせることになった。
 むろん、その夜はいつもにもまして、鬱々として眠れぬ一夜を過ごすことになったのは言うまでもない。
 そんなある日、泉水らしい女が江戸から少し離れた近在の村にいるとの情報が入った。
 泰雅はまさかとも思ったが、とにかく、すぐに信頼できる家臣を遣わし入念に調査させた。江戸市中は探すところがないほど、隈なく探したのだ。それなのに、泉水は結局、発見されなかった。
 もう八方塞がりだった。ならば、どのような情報にしろ、手がかりにしろ、縋ってみようと思った。極秘の探索を終えて帰ってきた家臣の報告は、俄には信じがたいものであった。江戸から宿場町二つを過ぎたところにある小さな農村にいたという若い女はやはり泉水であった。
 家臣の報告によれば、泉水は村長の家で村の子どもたちを集めて手習いの指南をして暮らしているようであった。村外れの貸し家に一人で暮らし、そこに若い男が頻繁に出入りしているという。村人たちの間では、二人が既に恋仲ではないか―と、しきりに取り沙汰されていた。
 泉水に男がいることを知り、泰雅は愕然とした。報告書を幾度読み返しても、それが事実だとは信じられなかった。泉水がそんなふしだらな女であるはずがない。あの女は良人がありながら、間夫をこしらえるような、したたかな女ではない。
 だが、報告書が嘘偽りであるはずもなく、家臣が出たらめを報告するはずもない。絶対に認めたくなかったが、それが真実なのだ。
 漸く泉水の居所が知れた時、既に泉水が失踪してから一ヵ月が過ぎていた。泉水に情人(いろ)がいたという事実は、泰雅を殊更打ちのめした。泰雅を嫌って逃げ出しておきながら、一方で他の男と通じるとは許しがたい所業であった。
 夜、一人で眠っていても、泉水が見も知らぬ村の百姓と裸で絡み合っている場面を想像して、余計に眼が冴えてしまう。

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