
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第22章 散紅葉(ちるもみじ)
そんなところを想像しただけで、嫉妬のあまり気が狂いそうになった。泉水の白いふくよかな乳房を間夫が吸っていると考えると、怒りで叫び出しそうになる。惚れ抜いているがゆえに、怒りの焔はなおいっそう大きく燃え上がり、憎しみは決定的なものとなった。
その憎悪が復讐の焔に変わるのに、たいした時間(とき)は要さなかった。
ある日、泰雅は一人で馬に乗り、屋敷を出た。むろん行き先は決まっていた。あの自分を裏切った女に報復してやるのだ―、最初はそう思っていたはずなのに、遠くから泉水の姿をひとめ眼にしただけで、その決心は脆くも崩れた。
憎しみよりも恋情の方がはるかに強く、上回ったのである。情けないことだが、気が付いたら、泉水恋しさのあまり、湯殿の小窓に取りついて、その裸身を食い入るように見つめていた。
あのときの泉水は、たいそう愕いたようだった。その愕きは、すぐに烈しい怯えに変わった。まるで見も知らぬ不審な男を見るように、大きな瞳を見開いて怯えていた。その反応も泰雅にとっては意外であった。
泉水をひと月ぶりに見た時、泰雅は考えた。もし、泉水が素直に謝って、共に江戸に戻るというのであれば、今度だけは許してやっても良い、と。他人が聞けば、そこまで女に入れあげ、腑抜けてどうすると言われるだろうが、泰雅はそれでも構わないと思っていた。
どこの世界に、亭主持ちの身で、他し男と深間になった女をあっさりと許す男がいるものか。以前の彼なら、そう言って、女房を許した亭主をあざ笑っただろう。しかし、それほどまでに女房に惚れているのだから仕方ない。江戸を発つときには、裏切った女を殺してやっても良いとまで思いつめていた男が、いざ女の顔を見ただけで、あっさりと許してしまったのだ。だが。
泉水は謝りもしなかったし、己れの罪を認めもしなかった。ただ真っすぐなまなざしで泰雅を見つめ、自らの身の潔白を主張し続けた。
あまつさえ、泰雅の前で相手の男を庇い、こうなったからにはもう死んでも良い、覚悟はできていると言って、自分の首をさらした。
少し力を込めれば、すぐに折れてしまいそうなほどに頼りなげな首だった。
その憎悪が復讐の焔に変わるのに、たいした時間(とき)は要さなかった。
ある日、泰雅は一人で馬に乗り、屋敷を出た。むろん行き先は決まっていた。あの自分を裏切った女に報復してやるのだ―、最初はそう思っていたはずなのに、遠くから泉水の姿をひとめ眼にしただけで、その決心は脆くも崩れた。
憎しみよりも恋情の方がはるかに強く、上回ったのである。情けないことだが、気が付いたら、泉水恋しさのあまり、湯殿の小窓に取りついて、その裸身を食い入るように見つめていた。
あのときの泉水は、たいそう愕いたようだった。その愕きは、すぐに烈しい怯えに変わった。まるで見も知らぬ不審な男を見るように、大きな瞳を見開いて怯えていた。その反応も泰雅にとっては意外であった。
泉水をひと月ぶりに見た時、泰雅は考えた。もし、泉水が素直に謝って、共に江戸に戻るというのであれば、今度だけは許してやっても良い、と。他人が聞けば、そこまで女に入れあげ、腑抜けてどうすると言われるだろうが、泰雅はそれでも構わないと思っていた。
どこの世界に、亭主持ちの身で、他し男と深間になった女をあっさりと許す男がいるものか。以前の彼なら、そう言って、女房を許した亭主をあざ笑っただろう。しかし、それほどまでに女房に惚れているのだから仕方ない。江戸を発つときには、裏切った女を殺してやっても良いとまで思いつめていた男が、いざ女の顔を見ただけで、あっさりと許してしまったのだ。だが。
泉水は謝りもしなかったし、己れの罪を認めもしなかった。ただ真っすぐなまなざしで泰雅を見つめ、自らの身の潔白を主張し続けた。
あまつさえ、泰雅の前で相手の男を庇い、こうなったからにはもう死んでも良い、覚悟はできていると言って、自分の首をさらした。
少し力を込めれば、すぐに折れてしまいそうなほどに頼りなげな首だった。
