
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第3章 《囚われた蝶》
実家の花は榊原の屋敷のような純白ではなく、淡紅色を帯びて、ややはんなりとした艶めきを感じる。見るともなしに眺めていると、どこからか二羽の蝶が飛んできた。
それは、あの不思議な夢の続きを見ているようでもあった。つがいの蝶なのか、二羽は寄り添い合うように飛び、花と戯れているようにさえ見える。
その仲睦まじげな様を見ている中に、泉水の眼に涙の雫が溢れた。
蝶でさえ、共に生きるひとがいて、大切な刻(とき)を分かちあうひとがいる。それなのに、私には誰もいない。
祐一郎は、まだ互いのことを知り合う前に死んでしまった。
初めて惚れた泰雅は、泉水をただ欲望の対象としてしか見てはいない。多分、泰雅にとって、泉水とのことは彼がこれまで相手にしてきた大勢の女たちとの戯れと同じ、何の意味も持たないもの。泉水との一夜は気紛れなかりそめの夢。
今日はまた新たな刺激と蜜の味を求め、別の美しき花の許へと飛んでゆくに相違ない。
気紛れな男を愛してしまった我が身の悲哀を、泉水は今、いやというほど思い知らされていた。
泉水が泣き濡れた瞳を緩慢な仕草で動かす。その茫とした視線が一点に吸い寄せられた。
瞳が戸惑いの色を浮かべ揺れる。
薄紅色の花と花の間を縫うように長身の男がゆっくりと歩んでくる。
あの夢と同じだ。芍薬の花に囲まれた浄土が一瞬にして地獄へと変じ、優しげに微笑む泰雅もまた悪鬼のごとき形相に変わった。
夢の中で、泰雅は蝶を捕らえて、喰らった。
昨夜、自分は、夢の中の蝶と同じだった。
逃げようとどんなに抗ってみても、この男に捕らえられて、頭から喰われ屠られる。
奥底から耐え難い恐怖が湧き上がってくる。
泉水は蒼白になって立ち上がった。
我知らず後方へ身を退いていた。
「時橋、来て」
恐怖のあまり、乳母を呼ぶ。
泰雅は次第に接近してくる。泉水は恐怖のあまり、悲鳴を上げたいのを懸命にこらえた。
「待ってくれ。逃げないでくれ」
泰雅が手を伸ばす。打ち掛けの裾を翻そうとしたその時、裾を素早く掴まれた。
それは、あの不思議な夢の続きを見ているようでもあった。つがいの蝶なのか、二羽は寄り添い合うように飛び、花と戯れているようにさえ見える。
その仲睦まじげな様を見ている中に、泉水の眼に涙の雫が溢れた。
蝶でさえ、共に生きるひとがいて、大切な刻(とき)を分かちあうひとがいる。それなのに、私には誰もいない。
祐一郎は、まだ互いのことを知り合う前に死んでしまった。
初めて惚れた泰雅は、泉水をただ欲望の対象としてしか見てはいない。多分、泰雅にとって、泉水とのことは彼がこれまで相手にしてきた大勢の女たちとの戯れと同じ、何の意味も持たないもの。泉水との一夜は気紛れなかりそめの夢。
今日はまた新たな刺激と蜜の味を求め、別の美しき花の許へと飛んでゆくに相違ない。
気紛れな男を愛してしまった我が身の悲哀を、泉水は今、いやというほど思い知らされていた。
泉水が泣き濡れた瞳を緩慢な仕草で動かす。その茫とした視線が一点に吸い寄せられた。
瞳が戸惑いの色を浮かべ揺れる。
薄紅色の花と花の間を縫うように長身の男がゆっくりと歩んでくる。
あの夢と同じだ。芍薬の花に囲まれた浄土が一瞬にして地獄へと変じ、優しげに微笑む泰雅もまた悪鬼のごとき形相に変わった。
夢の中で、泰雅は蝶を捕らえて、喰らった。
昨夜、自分は、夢の中の蝶と同じだった。
逃げようとどんなに抗ってみても、この男に捕らえられて、頭から喰われ屠られる。
奥底から耐え難い恐怖が湧き上がってくる。
泉水は蒼白になって立ち上がった。
我知らず後方へ身を退いていた。
「時橋、来て」
恐怖のあまり、乳母を呼ぶ。
泰雅は次第に接近してくる。泉水は恐怖のあまり、悲鳴を上げたいのを懸命にこらえた。
「待ってくれ。逃げないでくれ」
泰雅が手を伸ばす。打ち掛けの裾を翻そうとしたその時、裾を素早く掴まれた。
