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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第23章 山茶花(さざんか)の寺

「伊左久さんは、少し女人を甘く見過ぎているのですよ。だから、そのような目に遭われるのです」
 光照が事もなげに言う傍で、泉水は問うた。
「それで、その後は、どうなったのですか」
 まんまと罠にはめられた伊左久には気の毒だが、聞き手としては是非、後日談が聞きたい。
 伊左久がフンと面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「当分は、そのおかめにつきまとわれて、難儀したさ。マ、半年くらいで向こうもやっと諦めてくれたかな」
 そのときの伊左久の困った顔を想像し、思わずプッと吹き出すと、伊左久に睨まれた。
「まあ、それは、お気の毒に」
 と、これも光照が少しも気の毒には思ってはおらぬ口調で言い添える。
「ですが、流石の伊左久さんもそれに懲りて、少しは女と見れば後を追いかけるのを控えたのではありませんか」
 光照の辛辣な物言いに、伊左久は肩をすくめた。
「これだから、庵主さまはお人が悪い。ほれ、そのようにお優しい笑顔で、鬼のようなことを平然と仰せになられるのですからな」
 伊左久の言葉に、光照は気を悪くした様子もない。優しげな微笑みを浮かべている。
 その二人のやりとりを見て、泉水は笑いが止まらない。この二人の掛け合いは、主従というよりは長年連れ添った夫婦のようだ。それほど慣れ親しんだ者同士にしか交わせないもので、他者の入れぬ親密さがある。かといって、二人が男女の仲になっているようだ、とかいった印象は受けない。他者の入り込む余地がない信頼感で結ばれているとでも言えようか。
 だが、それは、いかにしても口に出来るものではない。
 泉水が笑いをこらえている傍で、光照と伊左久がそっと微笑んで頷き合う。そのことに、泉水は気付きもしなかった。
 穏やかに晴れ上がった初冬の朝のことである。

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