
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第24章 再会
《巻の弐―再会―》
その年が暮れ、新しい年を迎えたが来た。
泉水にとっては運命の転機ともいえる一年が過ぎたことになる。年末年始は穏やかに過ぎた。もとより憂き世から隔てられたこの山尼寺には、正月気分も何もあったものではない。ただ、大晦日には本堂で光照と共に年越しの読経を捧げ、元日の朝には雑煮を食べた。それがこの寺での唯一の正月らしい過ごし方であった。
世間では正月気分が漸く抜けた一月も半ばのある日の朝。
泉水はいつものように、庭を掃いていた。今の泉水の身なりはごく普通の娘姿だ。粗末ではあるが、女物の着物を着て帯を締めている。この寺に来た翌日から、光照の勧めで若衆姿は止めた。いずれ、光照を師として正式に剃髪するとなれば、墨染めの衣を身に纏うことになるが、それはまだ先のことに違いない。泉水にはまだまだ憶えねばならぬことが山ほどもあり、一体、出家の許しを得ることぎできるのかさえ判らない。
一月の庭には葉をつけていない樹も多く、掃除をするには楽である。しかし、花らしい花もないのは少し淋しい。伊左久の言ったように桜が咲く日を愉しみに待つしかない。
庭掃除を終えた後は、近くの川まで水を汲みに行く。いつもなら、水汲みの先に済ませるのだが、今日は少し寝坊したせいで順序が逆になってしまった。空の桶がついた天秤棒を担いでいるところに、伊左久が通りかかった。
「今日も精が出るな。気をつけて行ってくるんだぞ」
声をかけられ、泉水は笑顔で頷く。
「ああ、そういえば、今日は昼からお客人がおいでになるそうだ」
思い出したように言う伊左久に、泉水は眼を瞠る。
「お客人ですか? 珍しいですね」
光照を訪ねてくる人は滅多といない。というより、泉水がこの寺に来てそろそろ二ヶ月になるが、一度として客人などいなかった。
檀家参りをするわけでもない光照が一体、どうやって暮らしているのか。下世話な言い方をすれば、どうして生計を立てているのかを泉水は知らない。泉水はこの寺で様々な下働きの仕事をこなすことで、日々の糧を得ている。伊左久も同じ理屈だ。
その年が暮れ、新しい年を迎えたが来た。
泉水にとっては運命の転機ともいえる一年が過ぎたことになる。年末年始は穏やかに過ぎた。もとより憂き世から隔てられたこの山尼寺には、正月気分も何もあったものではない。ただ、大晦日には本堂で光照と共に年越しの読経を捧げ、元日の朝には雑煮を食べた。それがこの寺での唯一の正月らしい過ごし方であった。
世間では正月気分が漸く抜けた一月も半ばのある日の朝。
泉水はいつものように、庭を掃いていた。今の泉水の身なりはごく普通の娘姿だ。粗末ではあるが、女物の着物を着て帯を締めている。この寺に来た翌日から、光照の勧めで若衆姿は止めた。いずれ、光照を師として正式に剃髪するとなれば、墨染めの衣を身に纏うことになるが、それはまだ先のことに違いない。泉水にはまだまだ憶えねばならぬことが山ほどもあり、一体、出家の許しを得ることぎできるのかさえ判らない。
一月の庭には葉をつけていない樹も多く、掃除をするには楽である。しかし、花らしい花もないのは少し淋しい。伊左久の言ったように桜が咲く日を愉しみに待つしかない。
庭掃除を終えた後は、近くの川まで水を汲みに行く。いつもなら、水汲みの先に済ませるのだが、今日は少し寝坊したせいで順序が逆になってしまった。空の桶がついた天秤棒を担いでいるところに、伊左久が通りかかった。
「今日も精が出るな。気をつけて行ってくるんだぞ」
声をかけられ、泉水は笑顔で頷く。
「ああ、そういえば、今日は昼からお客人がおいでになるそうだ」
思い出したように言う伊左久に、泉水は眼を瞠る。
「お客人ですか? 珍しいですね」
光照を訪ねてくる人は滅多といない。というより、泉水がこの寺に来てそろそろ二ヶ月になるが、一度として客人などいなかった。
檀家参りをするわけでもない光照が一体、どうやって暮らしているのか。下世話な言い方をすれば、どうして生計を立てているのかを泉水は知らない。泉水はこの寺で様々な下働きの仕事をこなすことで、日々の糧を得ている。伊左久も同じ理屈だ。
