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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第24章 再会

 しかし、肝心の光照は、どこから収入を得ているのかは判らなかった。が、それは泉水の詮索すべきことではないし、また、できることでもない。世間とは真の意味で隔絶されている日々を送る光照を訪ねてくるのは、そも誰なのか、興味があった。
「庵主さまのお身内だろう」
「え―」
 伊左久のさりげないひと言は、泉水を驚愕させた。
「庵主さまにお身内の方がいらっしゃったのですか」
 その言葉に、伊左久が苦笑する。
「そりゃア、庵主さまも人間だもの、お身内の一人や二人だっているだろうさ」
 まだ何か訊きたそうな泉水に向かって、伊左久は眉をひそめた。
「これ以上は駄目だ、話せねえ。庵主さまはご自分の昔について語られるのをひどく嫌われるからな。もっとも、儂だって、そう詳しいことは知らない。何しろ、あの方からあの方自身の身の上話を聞いたことは一度もねえんだから」
 伊左久は早口でまくし立てると、すっと背を向けた。到底それ以上は訊ねられる雰囲気ではない。泉水はそのまま水汲みに出かけた。
 近くの川までゆき、水を二つの桶いっぱいにして戻ってくると、厨房の土間にある水瓶に移す。それが今一日分の水になるのだ。
 泉水が来るまでは伊左久が行っていた水汲みだが、流石に齢六十を越えた伊左久には少々きつくなってきていたらしい。泉水はそれを聞いて、快く交代を申し出た。〝お転婆姫〟と呼ばれていた泉水には、水汲みくらい平気だ。薪割だって、やれと言われればやるが、こちらは伊左久がこれまでどおり引き受けてくれるので任せている。
 帰ってきた後は、廊下拭きの仕事が待っている。何しろ水は貴重品ゆえ、大切に使わなければならない。雑巾を固く絞って、丁寧に拭いてゆく。このときばかりは紅絹の紐で襷掛けをして、着物の裾も少々端折っている。
 別に人眼を気にすることもないので、泉水は構わず白い脹ら脛を見せて行きつ戻りつしながら、せっせと廊下を拭いていた。幾度めかの往復を繰り返している時、ふいに何かにぶつかった。
 夢中で拭いている中に、誰かと真正面から衝突したらしい。よくよく見てみると、脚ののようだ。光照ではないし、むろん、伊左久の脚でもなさそうだ。大きな脚は男のものだろう。

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